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2008.10.17

グルメ? or 健啖家?!|山下香枝子(看護医療学部長)

今回のテーマは『おかしらのグルメ』ということでしたので、まず、“グルメ(仏:gourmet)”という単語を紐解いてみることから始めました。国語辞典(三省堂)には“美食を求めてやまない人・美食家・食通”と定義されていました。

人はみな“美味しいもの”が好きだと思います。私もその選にもれず“美味しいもの”には目がありませんが、「グルメですか?」と尋ねられれば、“美食を求めて止まない”というほどのものではありません。従って、美食家や食通を誇れることもなく、あえて表現するならば“健啖家である(何でも好き嫌いなく、たくさん食べる)”と言う程度のものでしょうか…。

そんな私ではありますが、『オニオングラタンスープ』と『ビーフシチュー』には“ささやかなこだわり”を持っています。巷のグルメ本やテレビの特集番組等で、様々な有名店が紹介されている昨今ではありますが、誰が何と言おうとも…どんな料理研究家が絶賛しようとも…我が家の近所にある『せきぐち亭 〜西洋食堂手づくりのお店〜』のオニオングラタンスープ&ビーフシチューに勝るものはない!と思っていることです。この店のオニオングラタンスープを、じっくりと時間をかけて炒めたであろう“オニオンの甘み”と、絶妙な火加減で仕上げられた、表面を覆うチーズの色と香り!それを丸いスプーンですくい、やけどしないようにそっと口にいれた途端、「わ〜!」と歓声をあげたくなるのを我慢しながら、口の中に広がる…何とも言葉では表現しがたいほどの、深く豊かな味を、少しでも口の中に留めて置こうと思いながら味わうのが、私の「至福の時」であります。10月も後半に差し掛かり、季節はまさに味覚の秋!週に1度はこの『せきぐち亭』に足を運びたくなる私なのです。

“おむすび”に対しても、いささか好みがあります。いつも通勤途上の駅構内で求めるものなのですが、ふっくらと炊きあがったご飯に、甘塩のシャケ・おかか・あさりの佃煮・こんぶ・等など具が入っており、それらの具材がお米の美味しさをより一層引き立てています。ただ、このおむすびは一般で売られている物より、小振りなので、「もう少し大きいと、もっとバランスがいいんじゃないかしら…」と思っています。いや…私が沢山食べたいだけなのかも知れませんね。

このおむすび屋の店内には、商品に関する説明文が掲げられています。大体、要約すると以下のような内容が記されています。

【お米は、〇〇市の‘ひとめぼれ’で、畜産地帯の豊富な堆肥が水田に流れて、有機なる大地の‘地力’に育まれたものです。“おむすび”に使われているのりは、明石海峡に臨む淡路島近くの〇〇漁協で生産されたもので、収穫後、-20℃の低温倉庫で保管している乾燥のりを、遠赤外線でじっくりと焼くことで、“おむすび”に適した海苔に仕上がっています。そして、“おむすび”を握る時に使う塩は、ミネラルを多く含んだメキシコ産の原塩を国内で精製して使っています。】

この文章を目にするたびに、私の食欲中枢は刺激され、この、厳選された食材で作られた“おむすび”を食べるための準備が出来上がるというわけです。

それにしても“味”とは一体、何なのでしょうか?“味” は、食物に含まれている化学的刺激物質(甘味はショ糖、塩味は塩化ナトリウム、酸味は塩酸又は酢酸、苦味はキニ-ネ、うま味はグルタミン酸モノナトウリム)が水に溶けて味蕾(みらい)に到達し、それらの化学的刺激が顔面神経や舌咽神経などを経て、健康な脳に伝えられたときに“味覚”として認識されるようになります。私達が日常、よく使う“うま味:umami”という概念は、日本人の、味に関する蘊蓄を育てたようです。Wikipediaには「日本の学者の主張するうま味の存在は、欧米の学者からは軽視されていたが、・・・味の味蕾にある感覚細胞にグルタミン酸受容体が発見されたことで、うま味の存在が認知されるに至った」と記されていました。

化学的刺激物質のみでなく、他にも、食物の軟硬、温冷などの物理的刺激(口あたり)や、辛味や渋みも味覚に影響を与える重要な要素と考えられており、これらは三叉神経または舌咽神経によって脳に伝えられます。さらに、飲食物のにおい、色、形、飲食時の雰囲気などの外部情報も異なる伝導路を通って脳に伝えられ、それらの信号が大脳で統合されることになるようです。感覚刺激が新大脳皮質に達するたびごとに、過去に脳が経験した感覚刺激との比較が行われるわけです。そして、この、脳の中で行われる比較作業と、食べる人の体調などが影響し合い、一瞬のうちに個人差・民族差のある【味わいの感覚】が生じるということになるのです。

従って、“味”に対する感覚は、個人差が大きいと言えるでしょう。私の大好きな『オニオングラタンスープ』と『ビーフシチュー』、そして『おむすび』もその範疇にあるのかも知れませんね。

“空腹は最良のappetizer”という言葉があります。“おいしい”と感じる条件の1つに、この“空腹”があることは、誰もが納得してくれるものだと思いますが、「食品の安全性が保障されている」という実感・信頼感も、重要要素の1つに数えられると実感しています。

最近の汚染米や食品の偽装事件の報道を見聞きする度、「水俣病(有機水銀中毒)やベトナム戦争時に除草剤として空中散布された枯れ葉剤による健康被害に、多くの善良な市民が巻き込まれてきた」という記憶がよみがえり、「生命の安全が見えないところで危険に曝されている」という不安や戦慄を覚えます。

“グルメ”や“美食”を語る前に、私たちが今、声を大にして語らなければならない事実が【ここ】にあることを、私は今、この文章を書きながら、実感しているのでした。

(掲載日:2008/10/17)