この夏の甲子園は例年にもまして燃えていた。決勝戦の早稲田実業高校の斎藤投手と駒大苫小牧高校の田中投手との投げ合いは、すごかった。斎藤君の冷静さと田中君の一歩も譲らない根性は決勝再試合九回裏の攻防に凝縮されていたように思う。6球も粘られた後、7球目の投球動作に入った瞬間、3塁ベースにいた走者の動きを感知して、絶対に打たせまいとワンバウンドの球を打者に向かって投げ込んだ。その斎藤投手の冷静さは、ここに至るまでの彼の厳しい練習の日々を想像させる。それがあったからこそ、走者の動きを予測し素早く対応することができるし、緊迫した場面でも狙ったコースにきちんと投球できる技術力も身につくのだろう。また、結果的に最後の打者となってしまった田中君は、積極的に打っていこう、見逃しの三振だけはしたくないという強い意志が感じとれる思い切りのよいフォームでバットを振り切った。このような積極的に立ち向かう気力が若者をさらに輝かせる。
夏の甲子園の熱戦の思い出は、私の世代では、第51回大会(1969)の青森三沢高校と松山商業高校の決勝戦の興奮がよみがえる。延長18回になっても両校譲らず0-0のまま、再試合になった。あの夏も、手に汗握ってテレビの前に釘付けになっていたことを思い出す。
こうしてみると、いつの時代にもすごい若者はいる。熱中できる何事かをもってそれに専心している人の姿は、眩しく美しい。そして、スポーツ以外の場でも、輝いている若者はたくさんいる。
先日、湘南藤沢学会で出版している『KEIO SFC REVIEW』30号を見た。「変わる法学-求められる法的思考力」というタイトルの特集を組んでいるが、これがとてもセンスよくできていて、面白く、最後まで一気に読んでしまった。その中で特に印象的だったものは、SFCの卒業生・青柳直樹君へのインタビュー記事であった。彼は、学生時代の活動で今につながっていることは?という問いに対して、キャンパス内に泊り込んで勉強を必死でしたこと、死ぬほど本を読んだこと、先輩や後輩、友人から受けた刺激などを挙げ、それらの経験が今の自信につながっていると言っている。大学を卒業して数年経た後に、学生時代を振り返って、“死ぬほど本を読んだ”など言いきれるということはすごいなと思う。
この夏は、このような若者たちからエネルギーをもらった。
(掲載日:2006/08/31)
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