MENU
Magazine
2005.12.14

SFC150年|徳田英幸(政策・メディア研究科委員長)

六本木ヒルズでのORF2005の後、京都国際会議場で行なわれたユビキタスネットワーク関連プロジェクトの研究成果報告会「ユビキタスネットワークシンポジウム2005」(UNS2005)に参加し、無事戻ってきた。会議では、総務省の国プロとして進められている「ユビキタスネットワーク技術の研究開発」「ネットワーク・ヒューマン・インターフェースの総合的な研究開発(ネットワークロボット技術)」「ユビキタスセンサーネットワーク技術に関する研究開発」「電子タグの高度利活用技術に関する研究開発」「アジア・ユビキタスプラットフォーム技術に関する研究開発」の5プロジェクトの研究開発の状況報告とデモンストレーションが行なわれた。これだけのプロジェクトが一同に集まり、最先端のデモを体験できたのは大きな収穫であった。

さて、"SFC150年"の話である。1つには、慶應義塾150記念事業の一環としてSFCではどのようなことが計画されているのか? という話題もあるし、もう1つは、1990年に開設されたSFCが150年を迎える2140年には、どのようなキャンパスになっているかといった話題もある。ここではあえて2140年のSFCを眺めてみる。

やっと15年を過ぎたばかりのSFCが、この10倍にあたる150年を迎えることはできるのだろうか? 悲観的な方は、そもそも大学といった組織がそんなに長く存在しないのでは? と考えられるかも知れない。たしかに1858年10月、江戸の築地鉄砲州にて蘭学塾としてスタートした慶應義塾は、まだ147年しか経っていないが、もっとも古いイタリアのボローニア大学の創立は11世紀の1088年ごろである。パリ大学は、創立1150年であり、ゆうにどちらも850年は超えているのである。しかし、現在のような、少子・高齢化社会の加速、国立大学の独法化、ネットワーク環境における多様な高等教育システムの普及、国際的レベルでの大学間競争や連携が、これまでの大学にどのようなインパクトを与えるかは予断をゆるさない状況であることは間違いない。

何が大学の存続条件かは、意見が分かれるところである。環境に適応できず、価値を認められない大学は、自然界の法則同様消えていく運命にあるように思う。慶應義塾が他の大学と比較して秀でている点は、福澤先生による建学の目的の一文に凝縮されている。

"慶應義塾は単に一所の学塾として自ら甘んずるを得ず。其目的は我日本国中に於ける気品の泉源、智徳の模範たらんことを期し、之を実際にしては居家、処世、立国の 本旨を明にして、之を口に言ふのみにあらず、窮行実践以て全社会の先導者たらんことを欲するものなり"

2140年においても、単なる一学塾としてだけでなく、窮行実践を以て全社会の先導をめざした塾であれば、世界をリードする大学として存続しうるであろう。これも、ひとえにSFCの在校生、卒業生、教職員一同に課された課題である。

(掲載日:2005/12/14)

→アーカイブ