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2005.06.17

もう、親は泣かない|熊坂賢次(環境情報学部長)

AERAの6月13日号に、「面倒見のいい大学」の連載第3回目で、SFCが登場。東大と早稲田に次いで、しかしなぜか、この回だけは慶應大学ではなく、わざわざ慶大SFCと指名され、しかもなんと「親泣かせの大学、リスキーな将来」と大きく書かれた。取り上げられたのは國領さんの研究プロジェクトで、こんなすごい教育をしている大学は他にはないぞ、と絶賛された。大物OBが毎週のように参加して、本物の世界を生で見せているのだから、まあ、絶賛は当然だろう。よしよし、と納得した。

しかしさすがに、AERAはこれで終わるようなことはしない。しっかりと文句も言ってくれた。SFCは、ベンチャーをめざす学生を育てるので、親泣かせだ、ときた。なぜなら、ベンチャーの成功なんて1%がせいぜいで、残りはみんな失敗者だから、それを思うと、せっかく慶應に入れたのに、こんなリスキーな将来しかないとしたら、親はきっと泣いているにちがいない、ということだ。

しかし、そうだろうか。親は、まだ、既存の大手企業に就職すれば、自分の子供は幸福だ、と思っているのだろうか。また大手企業に就職すれば、リスキーな将来なんてありえない、と本気で考えているだろうか。だとしたら、それこそ問題だ。

しかも就職の話になると、一気にSFCを攻撃してくる。小見出しには、「就職率はさえない」とある。その証拠として、総合政策学部は66.5%、環境情報学部は65.09%、東京都港区の三田キャンパスの経済学部が74.11%、商学部が73.06%だから、落差は大きい、と数字で攻めてくる。三田の学生はきちんと大手企業に入るから、親は安心し、SFCの学生はリスキーなベンチャーなんかに狂うから、ほら、事実、就職率も低いぞ、といったニュアンスの記事になっている。ほんとか?

そこで、下表を作成してみた。


  就職者(a) 進学者(b) その他(c) 小計a+b+c
<100%>
進路未提出 卒業者(d)
総合政策 264
<63%>
64
<15%>
90
(36)
418 43 461
環境情報 248
<58%>
91
<21%>
86
(17)
425 47 472
経済 850
<74%>
50
<4%>
241
(175)
1141 56 1197
716
<75%>
33
<3%>
205
(148)
954 59 1013

※2003年度の就職及び進学状況のデータ
※その他(c):就職しない卒業者、ただし( )の中は資格試験受験準備
※< %>:小計における就職者(a)と進学者(b)の割合。慶應義塾の公式な就職率と進学率
※AERAによる就職率:就職者(a)/卒業者(d)-進学者(b)

この表をみれば、AERAの「落差は大きい」は、SFCの進路未提出者が三田の2学部と比較して倍も多い、というだけのことだ。こんなことで就職率がさえない、と言われるとは情けない。ちゃんと進路届ぐらい、提出して卒業しろよ、と暗い気分になる。

しかもよくみれば、就職者と進学者の合計割合がどの学部でも80%程度だから、AERAの主張はおかしい。しかも「その他」(就職しない)の中身にも、単なるニートではない実態が隠されている。つまり三田の2学部は、資格試験受験準備の割合がSFCと比較して圧倒的に多く、就職しない人の70%程度が、公認会計士などの資格試験に挑戦している。ここが三田らしさなのだ。既存の産業構造の中で、さらに優位な地位を獲得するためにリスクをとっているのが、この就職せず資格試験準備をする卒業者(経済:175<72%>、商:148<72%>)である。他方SFCでは、三田とは対照的に、資格試験ではなく、統計的にはニートとまったく同一のカテゴリー(総合政策:54<60%>、環境情報:69<80%>)だが、その中に大きなチャンスに挑戦する海外の大学進学予定者が多く含まれている。かれらは、リスキーな将来であることを覚悟して、既存の日本社会の構造を超える世界に羽ばたこうとしているのだ。

こうして、データを詳細にみると、どこが就職率はさえない、といえるのか。SFCの学生たちは、それぞれの未来への思いを抱いて、新しい時代に挑戦している。その中で、ベンチャー志望の卒業者も、しっかりと自分たちを「就職者だ!」とカテゴリー化して、それぞれの夢の実現に向かって走っている。そしてそんなに遠くないいつか、このような既存のカテゴリーを打ち破って、まったく違った本物の別世界を創ってほしい。それがSFCベンチャーの社会的使命なのだ。そうすれば、もう、親は泣かないのだ。

(掲載日:2005/06/17)

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