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2019.11.26

総合政策学を教える|総合政策学部長 土屋 大洋

学部長としてまずやらなくてはいけなかったことの一つに「総合政策学」という授業の担当がある。歴代の学部長たちも、それぞれのやり方で総合政策学を解釈し、授業を担当してきた。

幸い、この科目は複数で担当して良いことになっている。秋学期はこの科目を英語でやらなくてはいけないので、英語が堪能な田中浩一郎さん國枝美佳さんに共同担当してもらうことにした。田中さんはエネルギーおよび中東を専門とし、国連のミッションで働いたこともある。國枝さんはアフリカをフィールドとし、公衆衛生の専門家としてやはり国際機関で多くの経験を持っている。

初回はイントロダクションとして、我々3人で、湘南藤沢キャンパス(SFC)が設立された背景から、総合政策学が求められるようになったニーズ、そして、これからどんな講義を展開するのかを説明した。

第2回以降は、英語の堪能な教員にお願いし、政治学、法律学、経済学、経営学、そして外に出て行くことを推奨するSFCにおいて重要なフィールドワークについて、それぞれ「最初に知っておかなくてはいけない最もベーシックな概念を説明してください」とお願いした。政治学は田中さん、法律学は教員OBの助けを借りて阿川尚之さん(現在は同志社大学教授)、経済学は和田龍磨さん、経営学は琴坂将広さん、そしてフィールドワークはヴ・レ・タオ・チさんにお願いした。最初に60分ほど、最もベーシックな概念について説明してもらい、その後、担当教員3人と履修学生から質問を浴びせるという方式をとった。

総合政策学はいろいろな解釈ができる。私は、ひとまず、政治学、法律学、経済学、経営学を重要なベースとして、それらを総合し、乗り越えたところに総合政策学があると考えている。ひとまず政策を、政府が作るものとして狭義に捉えて見れば(本来は広義に捉えるべきだが)、これらの四つ領域における基礎概念を知ることが最低限必要だと考えたからだ。

こうしたベースとなる概念を身につけた上で、実際に政策問題を考えていく際には、フィールドワークだけでなく、外国語、人工言語(コンピュータ)、データサイエンスも当然必要になる。外国語はもともと先進的な教育を行ってきた。隣に環境情報学部があるおかげで、人工言語とデータサイエンスの専門家が行う授業も湘南藤沢キャンパス(SFC)にはたくさんある。それが他大学の類似学部にはない最大のアドバンテージだ。

しかし、それだけではもちろん不足である。哲学や歴史学、社会学など、政策を作る人のバックボーンとなる知識、素養、教養、思想といったものも必要だ。藁谷郁美さん加茂具樹さん中山俊宏さん玉村雅俊さん宮垣元さんらのアドバイスを受けて、これらは「人間(じんかん)学」として整理できないかと考え始めた。福澤諭吉は学問の目的の究極として「人間(じんかん)交際」を捉えた。それなくしては慶應義塾の総合政策学は成り立たない。この人間学は、今回の授業には取り入れられなかったが、次回からは是非取り入れたい。

せっかくSFCは新しいことにチャレンジして来たのだから、「なんとか学」といった古い既存のディシプリンを持ち出すべきではないという批判もあった。その通りだろう。それでも私はあえて持ち出したい。なぜなら、政策を現場で作っている人たちの多くは、いまだ古い学問を学んでその職に就いていることが多いからだ。その人たちとのコミュニケーションができなければ、政策の実践に総合政策学部の卒業生が携わることができない。既存のディシプリンの上に総合政策学を築こうとしても、他者との相互理解なくして政策の教育、研究、実践はできず、総合政策学が何なのかも説明できなくなる。

授業の最終レポートでは、これから卒業するまでにどんな政策課題に取り組みたいか、そして、自分はどんなアプローチで取り組もうと思うか、述べてもらった。34人の履修者のレポートの多くで、授業を通じて得た考え方を反映する努力を見せてくれたのがうれしい。

来年、総合政策学部が開設されてから30周年になる。何かを教えるという時、特に大学では、これだけで十分ということはない。総合政策学の対象が社会である以上、社会が変われば学問も変わるべきだからだ。

SFCでは「実験」が許されている。本来、政治学の研究者としては、「社会実験」などというおそろしい言葉は決して使いたくない。社会とはかけがえのないものであり、実験にさらして良いものではないからだ。社会実験は、失敗したからやり直せば良いというものではない。何かを試みる際には、十分な検討の後、成功を信じて慎重に行わなくてはならない。教育の実践も同じである。

「総合政策学」は毎学期開講される科目だ。30年変わり続けて来たバトンを次に渡すべく、この科目を変化させていきたい。

土屋大洋 総合政策学部長/教授 教員プロフィール