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2020.03.24

特別な卒業式の日に|総合政策学部長 土屋 大洋

この日記がオンラインに載るのは、卒業式の翌日のはずだ。しかし、今年の卒業式は中止になってしまった。昨日、私は新しくなった日吉記念館で塾長や他の学部長たちと一緒に立ち、塾歌を歌い、その様子はネット中継されていただろう。

昨日の式典のネット中継が始まった頃、SFCのウェブに総合政策学部長、環境情報学部長、看護医療学部長、大学院政策・メディア研究科委員長、大学院健康マネジメント研究科委員長の連名で卒業生へのメッセージを載せてもらった。健康マネジメント研究科が設置されたのは2005年だが、それ以降の15年間で、5人が連名でメッセージを出したことはこれまでほとんどなかったと思う。こういう非常事態でなければできなかったことかもしれない。

今から130年ほど前の1889年(明治23年)から1891年にかけて、世界的にインフルエンザが流行した。1918年から1919年にかけて流行したスペイン風邪よりもさらに前である。189012月には福澤先生もインフルエンザに罹り、福澤家の家族全員も感染し、一家で床に伏してしまったそうだ。先生が寝込んだのは数日だったが、体力の回復にはほぼ1ヵ月を要したという。

数十年に一回はこうした感染症に人類は向き合ってきたということだ。程度の差こそあれ、感染症は毎年多くの人の命を奪ってきた。しかし、今回の新型コロナウイルスはとびきり大きなインパクトを与えている。

不謹慎な言い方かもしれないが、問題があるところにSFCの卒業生たちの出番がある。感染症を根絶するのは簡単ではないだろう。しかし、感染症の問題は医学だけにとどまらない。各所に連鎖的に問題を引き起こしている。例えば、人々のコミュニケーションをとっても、危機感の程度やリスク意識の差が、人々をいらだたせる。その結果、必要以上に辛らつな言葉を発したり、他人の言葉を曲解して受け止めたりする。

こういう難しい時にこそ、SFCの卒業生は、矜持を持って事に当たって欲しい。私たちがいつも口にする「問題発見、問題解決」。社会に出ればそれが簡単ではないことを実感するだろう。一見すると問題発見は簡単かもしれない。目の前に問題が見えている気がするからだ。しかし、問題の本質は目の前の現象の奥に隠されているかもしれない。まして、クリック一回、メール一本で問題を解決できることはほとんどない。

戦略(ストラテジー)という言葉がよく使われる。これはいろいろなところで使われるが、本来は戦争にいかに勝つかを考えることだ。しかし、その上位に大戦略(グランド・ストラテジー)という言葉もある。これは、戦争の向こうにある平和も視野に入れて戦うこと、あるいは戦わないことを考えることだ。最悪の事態を想定し、資源を配分・温存しておくことも大戦略の要諦だ。

今は力を結集し、分からないことの多い新型コロナウイルスの危機に対応しなくてはならないフェーズにある。しかし、この危機もいずれ収束するだろう。その先にある目標を見定めて、より良い状態の実現を目指さなくてはならない。政策、技術、そしてあらゆるものを活用しよう。そして何よりも人々の叡智だ。学問の象牙の塔にこもらず、社会の問題から目を背けないために創設されたSFCの卒業生として活躍して欲しい。

卒業おめでとう。

土屋大洋 総合政策学部長/教授 教員プロフィール