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2020.05.26

海底の頼みの綱|総合政策学部長 土屋 大洋

修士論文を書いていた頃から海底ケーブルが好きだ。理由を聞かれてもうまく説明できない。ケーブルは海の底に横たわったまま、光信号をひたすら届けてくれる。

今のように海底ケーブルの芯が光ファイバーでなかった時代は、銅線が入っていた。その頃の伝送容量は、今では考えられないぐらい少なかった。しかし、19世紀後半、いくつかの中継局での手作業をへながらも数分で地球の反対側まで信号を送れたことは、まさに通信革命であった。

ハワイのワイキキ・ビーチは、新型コロナウイルスの影響がなければ、観光客で賑わっていただろう。そのワイキキ・ビーチから少し離れたところに、1902年に初めてつながった海底ケーブルが、今でも海底に残っている。引き潮の時を狙い、沖合まで泳いでいくと、海底にへばりついたケーブルを見ることができる 。約120年前、隔絶していたハワイ諸島を世界へつないだケーブルである。

現代の海底ケーブルは、私のような物好きの目から逃れるために沖合数キロまで海底の砂に埋められている。しかし、深海ではそのまま海底に置かれる。深海数千メートルでも海中を漂っていることはない。ケーブル自体が相当な重量を持っているし、潜水艦に引っかけられては大変だ。

今、学生たちは新型コロナウイルスのせいで自宅にとどまっている。湘南藤沢キャンパスの学生だからといって、首都圏ばかりにいるわけではない。母国に帰ったまま、時差のある土地からオンライン授業にアクセスしている学生もいる。私の院生のひとりはトルコにいる。彼らにとっての頼みの綱は海底ケーブルだ。

人工衛星があるじゃないかという声もあるだろう。しかし、地上から3万6000キロメートル上空にある静止軌道の人工衛星では遅すぎるし、伝送容量も小さすぎる。日本の場合、国際通信の99%は光ファイバーの海底ケーブルを通っている。動画で、リアルタイムで授業ができるのも、陸上の光ファイバー網と海底ケーブルの光ファイバー網のおかげだ。

先日、オンライン授業の苦労を分かち合うためのオンライン教員会合があった。いろいろ出た議論の中に、履修者たちがあまり顔を見せてくれないという話があった。背後に映り込む部屋の中の様子をプライバシーと捉える学生もいるだろうし、リラックスして授業を受けたいという学生もいるのかもしれない。しかし、動画カメラを切るという学生の対応は正しい。

「4月からの大学等遠隔授業に関する取組状況共有サイバーシンポジウム実行委員会」が「データダイエットへの協力のお願い:遠隔授業を主催される先生方へ 」という提言を出している。その中で、「先生が話す映像を送信する必要はありません。講義中、自分の顔や書画カメラを動画で常時流しておいたりすると通信量は多くなります。学生のカメラもオンにし続けると通信量が増えます。不要なカメラはオフしましょう」と言っている。

おそらく、学生たちは、自分のカメラをオンにしておくことで通信が不安定になることを直感的に理解している。教員ひとりがこなすオンライン授業よりも、学生が受講しているオンライン授業のほうが多く、彼らは経験的に学んでいるからだ。

授業担当者としては、自分の作った教材や履修者の名前の文字だけが並んだ画面に話し続けるのは、やや苦痛ではある。しかし、電柱をつたい、地下の管路を通る光ファイバー、そして海底ケーブルの中の光ファイバーが、目もくらむ速さで明滅しながら必死にデータを送っていることを思うと、それぐらいの苦痛はどうということはないのだ。

感染を広げないように努力するとともに、スムーズなオンライン授業やテレワークのために、不要なデータを送受信しない努力もしよう。通信容量は限りある共有資源だ。いずれキャンパスで学生の顔を見ることはできる。ひとまずリラックスしてオンライン授業に慣れ、それを楽しもう。

土屋大洋 総合政策学部長/教授 教員プロフィール