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2020.06.30

自分ごととして|常任理事/総合政策学部教授 國領 二郎

自粛明けになったが、まだ会議類はオンラインが多い。多くの方が似た経験をしているのだと思うのだが、詰め込めてしまうので、隙間が埋まって、案外、ある意味以前に増してせわしないのが在宅ワーク・授業生活だ。

それでも、ぽっかりと空いた平日の時間に抜け出すのは前より気楽だ。そんな隙間に緊急事態宣言前に見損ねた「パラサイト」を見に行ってみた。通常版ではなく、モノクロ版だったのだが、恐らくは制作者の意図通り、作品のメッセージ性を高める効果があったように思う。評判どおり、社会性とエンターテイメント性の上にホラーやらミステリーやらの要素も兼ね備えた優秀な映画で、笑いながらことの深刻さを思い知らされる。提起されている社会的分断の問題は、本当にそろそろ何とかしないといけないのだと思う。

社会的分断といえば、"Black Lives Matter"という言葉が「黒人の命は大切」というような翻訳のされ方をしているのがとても気になっている。これではほとんどの日本人にとって運動の意味が理解されないのではないかと思う。問題はmatterという言葉の意味で、単に重要だという意味だけではなくて、誰にとって重大事であるかを語る時に使うことばだ。だから「黒人の命は黒人だけでなく、全ての人にとって大切なことだ」というように理解すべきなのだと思う。「黒人の命の問題は他人事ではない」とでも訳すのだろうか。つまり社会的分断をこれ以上放置すると、社会の安定性が失われて黒人以外の全ての人にとって不幸な状況が生まれてしまうから、黒人に対する扱いが不当であることは、全ての人にとっての大問題だという意味と受け止めたい。その問題意識が共有されているから、今度の運動には迫力が生まれているのだと思う。逆にそうでもなかったらあの根深い差別構造が直るわけがない。そして同じような差別構造・差別意識が形を変えて日本にも存在することも理解しておきたい。他人事ではないのだ。

映画に話を戻すと、エンターテイメント業界を応援するつもりで行ったのだが、案の定、私以外の観客は4名しかおらず、コンプレックス全体もガラガラで、密にはなっていなかったのは良いが、映画館が潰れてしまわないか、心配になってしまった。自粛が明けて客足が戻ってきたとはいえ、7割や8割稼働では存続できない飲食や文化産業は多いのだろう。社会としての健全性が問われる時期がまだしばらく続く。自分ごととして、世の中に貢献出来ることを考えたい。

國領 二郎 慶應義塾常任理事 / 総合政策学部教授 教員プロフィール