自宅の西側窓からは富士山の雄姿が臨まれます。これは季節限定で、冠雪の富士は大きく近くに感じられても、春になるとその姿は霞み、いつの間にかあれほど大きなものがどこに行ってしまったのかと思うほどに姿を消します。夏場にその姿が見えるのは、ご来光を頂上で拝もうとする登山者のヘッドランプの光の列が、夜明け前に見えるときぐらいでした。
今年は例年と様子が違います。春、夏になっても驚くほどすっきりと黒々とした富士山が見える機会が多くあります。新型コロナウイルス蔓延に伴う社会経済活動の制限により、大気汚染物質の濃度が下がったことが、人工衛星からの観測等によって把握され、報道されています。単純にその影響とは言えないかもしれませんが、世界各地でも、大気汚染によって見えなくなっていた周囲の山脈が見えるようになったということです。例えば、インド北部のパンジャブ州で200㎞先のヒマラヤ山脈がはっきり見えるのは30年ぶりであったり、ロサンゼルスの高層ビル群の向こうに、雪山がくっきりと映える光景が紹介されたりしていました。社会経済活動の制限は、人々の生活に様々な影響を及ぼし、心が痛むことも多くありますが、一方で、そうした活動が自然環境に与えている影響について、実感をもって知る機会ともなりました。
そして、今夏の富士山は、登山者の密集を避けることは難しいと判断し、静岡県、山梨県共に登山道を閉鎖し、すべてが通行止め、山小屋の一斉休業となっています。夏山シーズンの富士山の登山者数は約23万人余ということですので、ヘッドランプの光の列ができるほどの密集は避けられないということでしょう。致し方ないこととして受け止めていましたが、さらにこのことが富士山に影響を及ぼしていることを知りました。富士山頂の観測所が存続危機にあるというのです。「富士山特別地域気象観測所」は、1999年までは気象庁がレーダー観測を実施していましたが、気象衛星の発達に伴い終了し、2007年からは研究者らによるNPO法人が借り受け、研究者らの利用料を主な収入源として運営をしています。新型コロナウイルスの影響で登山道が閉鎖され、今年の観測を中止、収入源が断たれ、施設の維持のみならずNPO法人の存続さえ危ぶまれ、クラウドファンディングが行われました。幸い目標額の200%以上を達成し、8月15日に終了となりました。
真夏の黒富士も「例年と違う特別な夏」を迎えていました。