10月1日から、あたらしい体制になった。異動の時期だ。ついに緊急事態宣言が解除され、ちょうど秋学期の授業が始まるタイミングだった。去る人、あらたに加わる人、居残る人。ぼく自身は、もうしばらく「おかしら日記」を書くことになった。(また2年間、よろしくお願いします。)
学内にたくさんの委員会があるという話は、先日の松川さんの記事に書かれていたとおりだが、それぞれの委員会メンバーもあたらしくなった。対面で集う機会も増えてきた。ふり返ってみると、この2年間は、COVID-19への対応におおかたの時間とエネルギーを奪われていた。まだまだ安心はできないが、少しずつ状況が好転していることは実感している。
いくつかの委員会に出席し、あたらしいメンバーとの顔合わせをしながら、あらためて引き継ぎについて考えるようになった。常識的に考えれば、それぞれの委員会は、メンバーを上手に交代させながら構成するのが理想だ。特定の人だけに負担が集中するのは避けるべきだし、さまざまな事案の経緯や背景などは、なるべく共有されていたほうがいいだろう。長く続けているメンバーに、パワーが集中してしまうことを懸念する人もいる。業務の内容にもよるが、不慣れであってもやりながら覚えていけばなんとかなる。なるべく偏りがないように、公平に役割分担をしたいものだ。
しばらく仕事をして、ようやく慣れてきた頃に交代ということもある。じぶんの力が及ばないところで、異動が決まることはめずらしくない。そこで、引き継ぎの話になる。2年前、「おかしら」の役目を担うことになり、いろいろな引き継ぎがあった。知らないことがたくさんあって驚きながらも、知らずに済んでいたことをありがたく思った。じぶんの知らないところで、誰かが丁寧に対応してくれていたからだ。
引き継ぎには、議事録をはじめとする、さまざまな記録が必要になる。もともと議事録は、複雑なやりとりを簡潔に要約するものなので、当然のことながら詳細な表現や文脈にかんする情報は削ぎ落とされている。デリケートな内容については、記録に残さない場合もある。現場のようすは、いくつもの細片となって記録されているので、そんなときには、「生き字引」ともいうべきベテランの同僚や事務担当のみなさんに教えてもらいながら、状況の理解を試みる。記録されている事柄を頼りに、記録されなかった事柄を想像するのだ。できるだけ多面的にとらえるために、前任者にたずねてみることもある。そうやって、少しずつ輪郭を描いてゆく。クイズを解くような感覚だ。
じつは、この「おかしら日記」も、15年以上かけて積み重ねられてきたSFCの記録として役立つ。「おかしら」たちが見たこと・考えたことが記されていて、時代を映した懐かしい内容もあれば、時を経ても変わらないテーマも見え隠れする。アーカイブに残されている一つひとつの記事は、いわばジグソーパズルのピースのようなものだ。そして、そのピースを眺め、つなぎ合わせるのは、ぼくたちの仕事である。このジグソーパズルがとりわけ面白いのは、あらかじめ唯一の「完成予想図」があたえられていないからだ。その時々の事情のなかで、じぶんの感性でピースをつなぎ、SFCの「これまで」と「これから」を描いてみる。
たとえば「未来創造塾」事業は、着想からすでに10年以上経っているが、この「おかしら日記」でも、たびたび話題になってきた。歴代の「おかしら」たちは、「SFC20周年を迎えて(2010)」の頃から、滞在型の学習プログラムを想い描いて「相思相愛の未来構想キャンプ(2011)」を始め、「夢を現実に(2011)」と語った。その後はシンポジウムなどの機会もつくられ、「未来創造塾でSFCは前に進みます(2013)」「未来創造塾とSFC5期生の同窓会(2015)」「建て替える文化(2015)」と、実現に向けた想いが消えることはなかった。
こうやって「おかしら日記」のアーカイブを遡れば、その時々の気運を読み取ることができるだろう。これまで、幾度か体制が変わりながらもプロジェクトは引き継がれてきた。いろいろな事情で「上書き」された計画もあるが、脈々と流れている精神がある。昨秋、東側のβヴィレッジの滞在棟がすべて竣工した。さらにこの夏、西側のΗヴィレッジの学生寮の建設が始まった。ぼくは、塾長や常任理事のみなさんを案内した日をふり返りながら「生活のある大学(2021)」を書いた。
日々の記録をとおして、ぼくたちのコミュニケーションが息づく。そして、コミュニケーションは、記録となって蓄積されてゆく。記録は、過去をそのまま復元するためだけにあるのではない。過去に敬意を表しつつ、変化に向き合う準備をするのだ。いくつもの過去をつなぎ合わせて、ぼくたちの未来像を描く。それが、引き継ぐということだ。
10月15日、伊藤塾長の「塾長室だより」がスタートした。この企画、SFCの「おかしら日記」に触発されたものだと聞いた。「塾長室だより」に綴られるエピソードも、大切なピースに加えていこう。