新学期がはじまって、あっという間に3週間が過ぎた。多くの授業が対面で開講されるようになり、にわかにキャンパスが明るくなったようだ。ちょうど新緑が美しい季節で、気分がいい。通い慣れたキャンパスだが、じつは、この2年間で少しずつ変化している。COVID-19のせいで、ぼくたちの足が遠のいていた間に、たとえば「未来創造塾」のβヴィレッジ(滞在型教育研究施設)は、すべての建物が完成した(あとは、宿泊利用が認められる日を待つだけだ)。昨年の4月には、「湘南藤沢国際寮(SID)」もオープンしている。さらに、もうひとつの学生寮(「未来創造塾」Ηヴィレッジ)の建設もすすんでいる。
キャンパスのすぐそば(数分あれば教室に行ける)には、どのような暮らしがあるのだろう。同僚の野中葉さんに、SIDに暮らす山下陽輝くん(総合政策学部2年)を紹介してもらうことができた。
山下くんは、大学進学を機に香川県から神奈川県へ。はじめての一人暮らしを、藤沢市遠藤でむかえることになった。故郷を離れて慣れない土地での生活がはじまるので、交通の便だけでなく、仲間や住み込みの寮長・寮母さんがいれば心強い。もちろん、ご両親も安心だろう。くわえて、山下くんにとって、完成したばかりの寮に入居することも魅力だったという。なんだか、SFC創設のころの話のようだ。ピカピカの最初の年に1年生として寮生活をはじめれば、「上(先輩)」がいない。みんなで、自由闊達に寮生の「文化」をつくってゆくことができる。ちょうどいいタイミングだったのだ。
SIDの案内には、「キャンパスまで徒歩1分」とある。たとえば1限であっても、すぐ近くに住んでいるのだから、ちょっとくらい寝坊しても間に合う。授業開始の30分くらい前にはキャンパスに足をはこんで、鴨池を眺める日もあるという。誰もいないキャンパスで、気持ちを整えてから教室に向かう。混雑したバスに揺られたあげく、遅刻しそうになってキャンパスを走るのとはちがう。生活と学びがこれほどまでに接近していれば、便利なことはまちがいない。
いっぽうで、ぼくたちが通うキャンパスの周りは、いわゆる「学生街」ではない。豊かな自然に守られているような、さまざまな利便から遮断されているような、つき合い方がなかなか難しい。とりわけ、「食環境」は大切だ。平日は、寮の食事がある。自炊もできるが、買い物となると、いまのところはちょっと面倒だ。週末はどうしているのかたずねると、山下くんは、キッチンカーの話をしてくれた。
毎週土曜日、キャンパスの前にある店舗の駐車場に、キッチンカーが出店しているという。山下くんは、このキッチンカーとの出会いをとおして、地域とのつながりを感じたようだ。あとで調べてみたら、『タウンニュース(藤沢版)』の記事が見つかった(山下くんも、記事に登場している)。もともと、COVID-19の影響を受けているキッチンカーの店主たちを救おうと、地元の栗岡さんの呼びかけではじまった。寮生たちの「オアシス」になっているのは、たんに空腹を満たすからではない。個人経営の店主たちとことばを交わすのは、自分が藤沢市遠藤の「住民」であることを実感できる大切なひとときだ。フランチャイズ店では、えられない体験なのだ。仕掛け人の栗岡さんにも、いろいろとお世話になっているらしい。
いうまでもなく、スマホとSNSは、ぼくたちの日常生活にとけ込んでいる。毎日のいろいろな連絡は、大部分の寮生たちが登録しているLINEのグループでやりとりされる。「実家に帰っておみやげを買ってきたので置いておきます」と写真がアップされる。地震があれば「だいじょうぶ?」と声をかけ合う。時間割や教室のこと、履修者選抜などの煩雑な手続きについては、自分の知識や経験にもとづいてアドバイスする。こうしたやりとりで、留学生たちとの仲も深まる。
寮長・寮母さんに伝えたいことも、たくさんある。山下くんは、スマホの画面を見ながら、いろいろと語りはじめた。共用の掃除機はもう少しパワーが必要なこと(フル充電の状態じゃないと、キレイにならない)、ランドリーは小銭の両替をしておかないと面倒なこと(コンビニまで出かけて両替することがある)、食事を予約注文するサイトが使いづらいこと(毎日のことだから、ストレスなくやりたい)など、寮で暮らすなかで、気になることを共有する。誰かの目に留まって、ヒントがえられるかもしれない。もちろん、無い物ねだりはできないし、あれこれとすぐに対処されるわけでもない。それでも、こうやって寮生たちの〈声〉を集めておくことは大切だ。それは、やがて学生寮の、さらにはSFCの資産になる。
山下くんは、食堂や共用のスペースで過ごすことが多いらしい。一人で勉強をするさいにも、個室で机に向かうより、誰かの気配を身近に感じられると、やる気もわく。何かあれば、声をかけ合う。同じ建物で目覚め、同じ空気を吸いながら暮らしていれば、おのずと連帯感も生まれてゆくはずだ。1時間ほどのおしゃべりだったが、山下くんは、「楽しい」ということばを何度も口にした。ぼくの目の前で、山下くんは本当にいきいきとしていた。家に帰れば、日本全国、いや世界中から集まった仲間が待っている。入学する前に寮で知り合い、一緒に入学式に出かけた仲間だ。
寮生活にかぎらず、毎日の暮らしは、ハプニングの連続だ。起伏に満ちている。でも、問題に直面しても、すぐそばに信頼できる仲間がいれば、乗り越えることができるかもしれない。山下くんは、ひとまず1年間の契約で寮生活をスタートさせたが、すでに4年契約に切り替えたという。「楽しい」のだ。キャンパスのすぐそばに、しなやかな「ドミトリー・ライフ」があった。寮での暮らしを満喫しているようすが、ぼくの元気になった。
備考:2022年4月19日、野中さんとともに、山下くんと話をすることができました。ご協力いただき、感謝しています。1時間ほどのおしゃべりでしたが、寮での暮らしについて、いろいろと知ることができました。こんどは、山下くんに誰かを紹介してもらって、引き続き「ドミトリー・ライフ」に触れる機会をつくれればと思います。