2022年度春学期から大学の授業は原則として対面による授業となり、キャンパスにも活気溢れる環境が戻ってきた。ここ最近の「おかしら日記」も皆さん対面授業について言及しているのは、対面で和やかに講義を進めることができる状況に安堵していることの表れなのであろう。
「対面授業」とはそもそも何かということについて普段疑問を持つ人はいないと思う。しかし、「サイバネティック・アバター(Cybernetic Avatar(CA))」による講義は「対面」なのか「遠隔」なのか問題提起をしてみたい。
サイバネティック・アバター(CA)とは、自分の身代わりのサイボーグとしてのロボットや3D 映像等によるアバターのことである。人の身体的能力、認知能力及び知覚能力を拡張するICT 技術やロボット技術を含む概念で、来るべきサイバー・フィジカル社会において現在の私達がスマートフォンを利用しているのと同じように日常生活で自由自在に利用することを想定している。最近はメタバースに注目が集まりつつあるが、例えばオンラインゲームなどではアバターを用いた様々な活動が実現している。SFCの大学院政策・メディア研究科でも、大学院における成績評価のための報告会は、Gather.Townというオンラインツールを用いて教員と学生はアバターを用いて報告会に参加している。
では、私のCAが教壇に立ち講義をすること、または、受講者がCAで講義に出席することは対面講義にあたるのだろうか。それとも、アバターと私や受講者は通信回線で接続されているにすぎないとみなされて、オンライン講義の扱いになるのだろうか。
授業とは何か? そもそも大学における「授業」とは、「講義、演習、実験、実習若しくは実技のいずれかにより又はこれらの併用により行うもの」(大学設置基準(昭和31年文部省令第28号)24条)と定められている。いわゆるオンライン講義や遠隔授業は、「授業を、多様なメディアを高度に利用して、当該授業を行う教室等以外の場所で履修させること」(同設置基準25条2項)と定められている方法による授業のこという。
授業の方法は、学校教育法に基づいて大学が通信教育を行う場合の基準を定める「大学通信教育設置基準(昭和56年文部省令第33号)」で、①印刷教材等による授業、②放送授業、③面接授業、④メディアを利用して行う授業の4つの方法が定められている。
以上から、「メディアを利用して行う授業」のことを「遠隔授業」といい、「面接授業」を「対面授業」と一般に言っている。なお、実験や実技をオンラインでも実施している場合は限られるため、オンラインで行われているのは「遠隔『授業』」ではなく実際には「遠隔『講義』」が多いと思われる。
出席とは何か? 講義を受講する学生がCAで出席している場合、それは出席になるのか。それが認められないとなると、アバターが出欠の際に返事をすると、代返(本来の学生の代わりに他の学生が出席の返事をすること)と同じであるとみなされてしまうのだろうか。
これまで出席といえば、教員側は学生の出欠状況の確認、学生としては単位を取得するためにいかにきちんと出席をするかということ以外、そもそも「出席」とは何かということを真剣に考える機会はなかったと思う。しかし、オンライン講義により、物理的な出席ではなくオンラインでのアクセスを出席と判断して既に評価を行っている。そうなると、教室外からネットワークで接続されている物理的なCAが、教室にいる状態は出席と考えてよいように思える。
しかし、その解釈によって、いわゆる60単位問題(特例としての遠隔授業)をクリアすることはできるのであろうか。大学設置基準32条5項に基づき、大学学部(学士課程)における卒業要件124単位数に含めることができる「遠隔(オンライン)授業」の単位数の上限は、60単位を超えないものと定められている。ただし、文部科学省大学振興課事務連絡(令和2年7月27日)や文部科学省高等教育局長「大学等における遠隔授業の取扱いについて(周知)」(令和3年4月2日)により、新型コロナウイルス感染症の感染拡大により授業計画において面接授業の実施を予定していた授業科目に係る授業の全部又は一部を面接授業により予定通り実施することが困難な場合には、大学設置基準25条1項に規定する面接授業の特例的な措置として遠隔授業を行うなどの弾力的な運用が認められている。2020年度および2021年度にオンライン授業で修得した単位については、新型コロナウイルス感染症の感染拡大による特例措置として上限の対象外となっている。また、面接授業の授業科目の一部として、同時性又は即応性を持つ双方向性(対話性)を有し、面接授業に相当する教育効果を有すると認められる遠隔授業を実施する授業時数が半数を超えない範囲で行われる授業科目についても、面接授業の授業科目として取り扱い上限の算定に含める必要はないことが同文書で示されているため、SFCでは対面講義であってもオンラインも併用して実施される講義がある。さらに、中央教育審議会大学分科会では、オンライン授業の60単位規制について、教育や研究の質が保証されることを条件に緩和する特例を設けることも議論されている。
しかし、これらの特例においても、CAによる講義がいずれの方法による授業にあたるのか当然のことながら想定されていない。CAの利用など現時点では空想の世界の問題なので検討する必要はないだろうという指摘もあるだろうが、このような新たな法的課題を想定して検討する「新次元領域法学」の構築を目指している私としては、この課題は避けて通ることはできないのである。なにより、CAによる講義がオンライン扱いになると、対面と同じ環境での講義の実施を目指してCAを導入する意味がなくなってしまうので、大学でCAを利用しようという検討の必要性すらなくなってしまうおそれもある。
「遠隔授業(オンライン:リアルタイム、オンデマンド及びそれらの併用)」または遠隔と対面授業を併用する「ハイブリッド型の授業(ハイ・フレックス)」は、今後定着するであろう。しかし、オンラインでは対面でのコミュニケーションのような親近感や親密な交流ができない。CAを用いることで、そのような問題を解決しつつ、教室以外の場所からオンラインで接続していながら、対面と同じような環境で授業を行い、オンラインと対面の双方のメリットを享受することができる。
コロナウイルス感染症の陽性やその他の健康上の理由により多くの人が集まる教室に行くのを躊躇せざるを得ない学生もいる。最高のオンライン講義を実施するというSFCにおける目標を達成するため苦労しながらも試行錯誤を続けてきた教員にとっては、オンライン講義のほうが対面講義よりも教育及び学習効果が高いと感じている者も多い。
CAは、まだ社会において利用される状況にもなく、未だ研究開発の途上にある。夢のような話であり、確かに現時点ではまだ夢の段階である。目先の現実問題への対応に追われて、最近、夢のようなことを考える余裕がなくなっていることへの自戒も込めて、サイバネティック・アバターを社会実装するために必要な課題の研究にSFCの皆さんも関心を持っていただけるとうれしい。
新保 史生 総合政策学部長補佐/教授 教員プロフィール
*ポートレート写真(トップページ)撮影:写真家 宇壽山貴久子