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2022.07.26

大学間の連携と競争|常任理事/政策・メディア研究科教授 土屋 大洋

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南洋工科大学が設営した夕食会場で、学生5人による太鼓の演奏が終わり、数十人の招待者が10ほどの丸テーブルに別れて着席する。環太平洋大学協会(APRU)の年次学長会合の夕食会だ。南洋工科大学の教授による気候変動のインパクトについて傾聴する。

シンガポール政府は屋内でのマスク着用を求めているが、おずおずと外し、会食が始まる。テーブルを囲む9人がそれぞれ自己紹介する。私の左隣は南洋工科大学の数学者、右隣は東南アジアの大学の副学長だ。

副学長が聞く。「うちとおたくは協定がある?」。「ちょっと待って。」私は慶應義塾のウェブページを確認する。「ああ、ありますよ。包括協定を結んでいます。」彼女の大学はその国のトップ大学だ。安心して食事を楽しむ。

食事が終わった後、慶應の国際連携について何でも知っている隅田英子事務長に確認すると、実はそのMOUはうまく機能していないという。1980年代後半に結ばれたはずのMOUを見ると、慶應の石川忠雄学長はサインしているが、相手の学長のサインが判読できない。何かが書かれたような形跡はあるのだが、サインにはなっていない。帰国後、メールをやりとりし、MOUを結び直すことにした。

慶應義塾は350ほどの協定を外国の大学と結んでいる。濃淡があり、毎年密接な交流を行っているものもあれば、結んだだけでその後何も行われていないものもある。毎年、それなりの数が新しく結ばれ、同様の数が失効していく。

APRUの会議で高齢化社会が話題になった。「先進国はいうまでもなく、発展途上国でも寿命が延び、すでに社会の高齢化が問題になっている。世界人口はまだ増えているが、若者は世界中の大学で奪い合いになっている。高齢化が著しい東アジアの大学は留学生を呼び込もうと躍起になっているが、若者が余っているのはアフリカだけだ。しかし、アフリカの若者は外国に留学する資金がない。」

18歳人口がどんどん減っているはずの日本なのに、まだ大学は増えていて、780大学を超えている。単純に考えれば、もっと留学生を受け入れることになる。文部科学省が音頭を取って日本の大学のグローバル化が進められてきた。慶應義塾もグローバル30(国際化拠点整備事業)やスーパーグローバル大学創成事業を受け、取り組んできた。

okashira0721_2.jpgAPRUのような会議に出ると、日本だけではなく、各国とも留学生の受け入れに熱心で、新型コロナウイルスの感染の拡大は、大学経営に大きなダメージになったということが分かる。結局のところ、各国は留学生を互いに出し合い、グルグル回しているだけという気がするが、海外に押し出せる学生が少ない日本の大学は、交渉力が弱くなる。

欧米のトップレベルの大学はアカデミック・キャピタリズムのゲームでうまく立ち回り、基金を積み上げながら余裕資金を奨学金に回して優秀な学生を囲い込んでいる。そうした大学の学費は日本の数倍だ。裕福な親が払うか、あるいは学生ローンを背負って必死に勉強して就職した後に返さなければならない。

日本の大学は学部に力を入れているが、欧米のトップレベルの大学は大学院に力を入れている。大学院で優秀な学生を囲い込めば、論文の量産につながり、世界大学ランキングの上位を維持することができる。

自分が国際担当常任理事になる前は、全塾の会議で大学ランキングの話を聞いても、関心が持てなかった。各種の大学ランキングが実態をきちんと反映しているとは思えない点も多い。しかし、もはや慶應義塾も日本における私学の雄だと言っていられる状況では全くない。

ある外国の大学関係者が訪ねてきた。慶應義塾大学と提携したいと言うので、「なぜうちの大学なんですか」と聞くと、「おたくは大学ランキングでこれくらいなので」との答えだった。私たちが自分たちのことをどう思っているかとは関係なく、世界はそういう目で我々を見ている。

欧米の主要な大学と肩を並べている慶應義塾というイメージはもはや幻想だろう。ランキングでは私たちの上に数百の大学がいるというのが現実だ。日本の優秀な学生を引きつけ続けながら、グローバル市場から優秀な学生も引き寄せなくてはならない。

慶應義塾の評議員会でグローバル化の枠組みを紹介した。「一部の分野で100位に入ったと喜んでいるのでは情けない。総合ランキングで30位に入ることを期待する」とのコメントをいただいた。そのためにはいろいろな変革が必要だ。教員と学生のダイバーシティを確保する、英語やその他の外国語での授業を提供する、国際的な研究を促進する、大学院生を増やす、余裕資金を確保する、効率的な大学運営を実現する、等々。世界の大学はポストコロナ時代に一気に進み始めている。

土屋大洋 常任理事/政策・メディア研究科 教授 教員プロフィール