「どんなとき、学部長になったことを実感しますか」。学部長に就任して以来、何度も質問される。
朝、学部長室に到着すると、一日の予定についてリマインドされること。あるいは、自分のスケジュール表がどんどん埋まり、「自分の予定が自分のものではなくなった」と思うこと、でもない。それは学部長になったから経験するわけではない。
いま、私は大雨や大風、台風、地震の報に接したとき、なんだか落ち着かなくなる。コロナ感染症も気になる。SFCでイベントが実施されていると、「事故はないかな」、「大丈夫かな」と考える。私の日常は、「学生の安全」という言葉が、大きく入り込んでいる。そういうとき、学部長になったことを実感する。
同じ同僚が、「どんなとき、学部長としての権力を行使していると実感するか」と聞く。なんともパンチの効いた質問をするなあと思うが、よく考えると、とても大切な質問だ。権力とは何か。「AがはたらきかけてBに何かをさせるような力」と答える人が多いだろう。でも、これは権力の一つの側面を言っているにすぎない。「Aが直接働きかけることなく、Bをそうせざるを得ない方向へすすませる力」という説明もある。
そう、権力は「強いる力」であるが、「誘う力」でもある。実は後者の方が重要だ。同僚の質問を受けたあと、そんなことを考えていたら、なにがSFCを動かしているのか、という事を考えるようになった。そして八月になった。
八月、SFCでは大型の行事が立て続けにおこなわれた。オンライン・オープンキャンパスが八月一〇日に、オンキャンパス・オープンキャンパスが全六日間の日程で八月一六日から八月二四日に行われた。この間、未来構想キャンプが八月一九日から二〇日までキャンパスと熊本県南阿蘇村、高知県土佐町、鳥取県伯耆町で実施された。
このイベントを実施するために、とてもたくさんのSFCの学生、職員、そして同僚教員がかかわった。総合政策学部と環境情報学部、そしてSFCの魅力を高校生に伝えたいという強い意志をみんなが共有して、一つの方向に向かって力を出し合った結果が、この三大イベントの成功だった。
SFCをより良い方向に発展させたい、という意識は、SFCのメンバーであれば誰もが抱くだろう。でも、ひとり一人の考えを一つに束ねることは結構難しい。なにが、学生や教職員をイベントの実施に誘ったのだろうか。もちろん学部長ではない。それは、SFCという存在だったと思う。
「SFCの魅力は何か」。よく問われる。私は、よくこう答えている。
いま秩序は大きく流動している。情報通信技術の革命的進化、新興大国の台頭が牽引するパワーの分布の変化、感染症 の流行、地球温暖化を前に、我々は「先行きが不透明で、将来の予想が困難な時代」に足を踏み入れている。そうした私たちの社会は、個々の先端的な学問領域に通暁しつつも、それを総合的に捉え直して、学際領域に踏み込み、学術的問い(Academic Questions)の先にある、政策的問い(Policy Questions)にアプローチする学問を求めている。SFCに魅力を感じる人がいるとすれば、この要求に応えることができる学問を展開しているからではないか。
でも、この説明は堅苦しいし、SFCの魅力の一つの側面しか語っていない。キャンパスにかかわるひとり一人は、SFCがより良い方向への発展を促したいと思って、汗をかいている。このひとり一人に「汗をかきたい」という気持ちを抱かせ、そして実際に汗をかくように誘う力が、SFCの魅力ということなのだろう。それを八月のイベントに見たきがする。学部長の仕事とは、この力を育み、大きくし、継承してゆくことだと思う。
オンライン・オープンキャンパス、オンキャンパス・オープンキャンパス、未来構想キャンプに参加してくださった皆さん、ありがとうございました。SFCの魅力を感じましたか。そして、これらのイベントの実施を支えてくださったSFCの皆さん、本当にありがとうございました。皆さんの協力があって実現できました。