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2022.10.11

「こんな人になりたい」と思える人に出会うことの幸せ|健康マネジメント研究科 看護学専攻長 野末 聖香

学部3年生の秋学期臨床実習が始まった。この頃になると、よく思い出す。

看護を学んでいた大学生の頃、こんな看護師になりたいなあ、と思った人たちの中にA先輩がいた。先輩なのだから正確には看護師ではない。が、私にとっては憧れの看護師(の卵)だった。
同じ学生寮に暮らすA先輩が外科実習を終えて帰ってきて、その日に起こった出来事を話してくれた。実習で受け持っている手術予定の患者さんが、毎日先輩に「手術を受けたくない」と話していたのだが、必要な手術だからと説得されて受けることになった。その朝、先輩が病室を訪れると、患者さんはやはり手術を受けたくない、と顔を曇らせた。そしていよいよ時間になり、看護師さんが手術のお迎えにやって来た。
すると先輩は、、、なんと!
看護師さんの前に両手を広げて立ちはだかり、患者さんは手術が嫌だと言っている、手術室には行かせない、と言ったのだそうだ。実習生が体を張って手術を止めようとするとは。看護医療学部生なら実感をもって分かると思うが、想像できない驚愕の出来事だ。

患者さんを思う気持ちは分かるがもっと他のやり方があったのではないか、患者さんは嫌だと言いつつ手術は受けようと思っていたのではないか、と言う人もいるだろう。そうかもしれない。しかし、A先輩のこの行動は「患者さんの気持ちをちゃんと聴いてください!しっかり受け止め、尊重してください!」というギリギリのタイミングでの全力の訴えであったと思う。それを、実習生という(弱い)立場でやってのけたのだ。(先輩、すごいです!)私は感動した。

さて、事の顛末は。
A先輩のこの行動に一番びっくりしたのは患者さんだったらしい。患者さんは、自分は大丈夫、手術は必要なのだから受けると言い、手術室に向かったそうである。詳細はわからないが、私がその患者さんだったらどう思っただろうと想像する。びっくりしてちょっと困ったかもしれないが、それだけではなかったはずだ。

「看護実践において、看護職は患者のアドボケート(権利擁護者、代弁者)として、患者の権利を擁護し、患者の価値や信念に最も近い決定ができるよう援助し、患者の人間としての尊厳、プライバシー等を尊重しなければなりません。(日本看護協会、看護実践上の倫理的概念)」とある。
この重要でタフな実践を果たすには、人にはそれぞれの気持ちや考えがあり、これを理解し尊重することが何よりも大事だと確信していることが大切だろう。そして、患者さんの気持ちや考えが大事であるように、自分の気持ちや考えもまた、大事にされ尊重されるべきものだ。A先輩の行動は、患者さんの気持ちや考えも、先輩自身の気持ちや考えも大切にしようとした精一杯の行動であり、私はそこに看護師(の卵)としての矜持を見た気がした。

学生時代に「こんな人になりたい」と思える人に出会えることは、本当に幸せなことだ。その人の生き方から学び、自分を育てていくことができる。それは偉人かもしれないし、メディアに出ている人、教員、先輩や同級生、あるいは後輩、バイト先の人、家族、、、かもしれない。福澤先生が慶應義塾にとっての大きな支柱であると同じように、それら憧れの人(たち)は私たちそれぞれの中にいて、支え、ときに叱咤し、応援し続けてくれる。A先輩はそういう存在として何十年も私の中にいる。
学生の皆さんには、「こんな人になりたい」と思える人がいるだろうか。ぜひ見つけて欲しい、と心から思う。

野末 聖香 健康マネジメント研究科 看護学専攻長/教授 プロフィール