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2023.01.31

タムパ アンチテーゼ |健康マネジメント研究科委員長 石田 浩之

2023年を迎えて,早くもこのコラムの執筆順番が回って来た.時の流れの速さを最も実感する瞬間である.日記という設定上,最近の出来事を回顧してみるが,NHK紅白歌合戦を見たくらいしか思い浮かばない.新型コロナによる自粛生活で(精神的に)去勢されたせいだと言い訳してみたりする.残念なことに,紅白鑑賞は図らずして,自らの老化(劣化)を確認する場面となった.その年の注目度やファンの多寡とは無関係に,多岐にわたる世代を意識したステージづくりが要求される紅白であるが,2022年は若い世代の視聴率を取り込もうとする企画が特に目立ったように感じた."時流の歌手やグループの識別が困難"という訴えは,オジさんたちの共通課題だが,これがさらに際立ったのが今回である.そもそもキャンディーズは三人だった.これがデフォルトで育った私にしてみれば,三人を超えたら覚えられるハズはなく,日向坂や乃木坂にいたっては,複数の一卵性双生児が入り乱れているようにしか見えない.私の認知力も終末的であることを確認した次第.

還暦を迎え,認知力とともに劣化を感じるのが,感覚器,特に視力である.老眼が急速に進行した.今後は黄斑変性症など不可逆的な変化がさらに重なるだろう.そうなったら4Kでも8Kでも,はたまたブラウン管でも見分けがつかなくなるかもしれない.残念である.残された時間が少ないことを念頭に置き,最近はHDレコーダーに保存した録画を精力的に見るようにしている.私はNHKのドキュメンタリーが好きだ.特に"映像の世紀"は秀逸.一貫教育校でお世話になった私だが,当時,歴史の授業においては,教育課程が変わるたびに縄文時代に戻るため,近代史は遥か彼方.毎回,到達前に卒業を迎えることを経験した.そう,なぜか一貫していなかった.近代史を補完するにあたっての自主学習では "映像の世紀"に大変お世話になったのである.

最近見たのはNHKスペシャル"東京ブラックホールIII".主人公が1989-1990年のバブルの時代にタイムスリップしたという設定.バブルそしてポストバブルをリアルワールドとして経験した自分は,懐かしさと苦味が入り混じった複雑な気持ちをもって映像をみた.バブル時代を象徴するキャッチコピーとして,ドリンク剤"リゲイン"(三共製薬(当時))のコマーシャル「🎶24時間戦えますか?ジャパニーズ・ビジネスマン🎶」が紹介された.現在は働き方改革の世の中.もし,24時間働いたら,過重労働で産業医面談を受けなくてはならないし,労基署介入は避けられない.ドリンク剤が効くかどうかはさておき,当時は,昼間は全力で仕事して,夜は全集中で食べて,飲んで,踊っていた.だから,24時間働けますか?のキャッチコピーを多くの人は違和感なく受け入れていたように思う.実態とは乖離した地価と株価の高騰を背景に,今日よりは明日,明日よりは明後日,さらに豊かで楽しい日が約束されているという妄想に支配されていた.

翻って今日はタムパ(タイムパフォーマンス:時間対効果)の時代."24時間働けますか?"は歴史上の出来事だろう.仕事だけではない.映画にしても,音楽にしても,タムパが主流となり,ファスト映画なるものの出現や,過去のヒットソングの"聴きどころ"をノンストップで編集したリミックスCDが売り上げを伸ばしている.そもそもタムパ世代は長いイントロが待ちきれないらしく,編曲者に対しても"イントロは〇〇小節以内"という形の依頼があるという.不世出の作曲家であり編曲者でもある筒美京平さん(故人)はイントロも作品の一部と捉え,編曲者にも多くの注文を出していたと聞く.こうして生まれた楽曲のひとつが"木綿のハンカチーフ"(1975年太田裕美さん).作詞:松本隆さん,編曲:萩田光雄さん.歌謡曲では異例に長い詞(三番まである)が男女の掛け合い形式で展開し,カントリーポップス調の筒美メロディーが萩田さんのアレンジ(編曲)によってさらに昇華した,昭和世代なら誰でも知る作品である.偶然であるが,松本さんも萩田さんも塾員.昭和歌謡を大型オーディオ装置で聴くことを趣味とする私は,この昭和歌謡史に残る楽曲に二人の塾員がかかわっていたことに強いシンパシーを感じている.ちなみに編曲者としての萩田さんのお仕事は4000曲以上.例えば"異邦人"(1979年久保田早紀さん)の異国情緒あふれる印象的なイントロも萩田さんの作品である.

カセットテープ

話をタムパに戻そう.音楽がデジタルやネット配信となり,タムパ時代の音楽の聴き方は,聴きたい曲だけ聴く,聴きたいところだけ聴くことに移行した.昭和歌謡では,物語性や情緒的旋律が尊重されたので,メッセージ性のある歌詞やイントロがむしろ好まれたが,タムパ世代にとっては無用の長物なのだろう.音楽を消耗品と考えれば,いたしかたない変化であるが,音楽にしても映画にしても,作品を繰り返しじっくり味わうことをZ世代の皆さんにも是非試してもらいたいと思う.その作品の味わいは,自分が重ねた人生経験との相対関係で変化するので,一定の年月を経た後,同じ作品の中に過去には感じなかった新たな感動を発見することもあるからだ.人と人の繋がりも同じだろう.マッチングアプリによるスペック合わせは効率的な側面もあろうが,スペックには現れない"人間性"は,時間をかけないと理解することは難しい.前述のごとく,人生経験との相対関係でその味わいは変わるものである.幸い,慶應義塾には連合三田会,卒後25周年大同窓会など,卒後も定期的な逢瀬を提供する機会が数多く用意されている.学生の時には感じなかった魅力や味わいを,彼に,彼女に発見できるかもしれない.来たる3月には卒後25周年大同窓会が久しぶりに対面開催されると聞く.コロナやマッチングアプリで疲弊した方にこそ,絶賛,参加をおすすめしたい.

写真:カセットテープ
もはや骨董品とも言える回転型紐状メディアはランダムアクセスが出来ない.だから私は流し聴くことが多い.不思議なもので,何度も聞いていると好みの曲は変わってくる.タムパでは味わうことができない感覚である.

石田 浩之 健康マネジメント研究科委員長/教授 教員プロフィール