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2023.02.21

「かかわり」の時間|政策・メディア研究科委員長補佐 高汐 一紀

エフフォーリアが引退する。

言わずと知れた2021年のJRA年度代表馬である。図らずも先日の京都記念がラストランとなってしまった。序盤からハナを切る勢いで前に出て、道中2番手の好位置に付けるも4角手前で急激に失速、鞍上の横山武史騎手はゴール手前で馬を止め下馬。典型的な心房細動の症状だった。早熟が多く理解が難しいと言われるエピファネイア産駒とはいえ、早すぎる引退を惜しむ声が多い。2021年の有馬記念を最後に勝ち星から遠ざかり、勝ち負けにすら関われず不振に喘いでいた。それでも復活を信じる気持ちを捨てきれず馬券を買ってしまう、そんな馬だった。もう一度、GIでタイトルホルダー、ドウデュース、イクイノックスと直接対決する姿を観たかった。

私は府中生まれの府中育ちだ。祖父母の家が競馬場の近所だったことや父親が馬好きであったこともあって、こどもの頃の週末はいつも競馬場の中にいた(気がする)。パドック近くにあった小さな池。割り箸と適当な糸で簡単な仕掛けを作って、ザリガニを釣って遊んでいたのを覚えている。餌は売店で売っていたおつまみ用のさきいか。となりにはいつも酔っぱらいのおじさんがいた(当時の競馬場の雰囲気は.. 略)。家の近くには某大学馬術部の馬場もあった。私がこれまでの人生で唯一書いたファンレターはオグリキャップ宛だ。謎に馬から返事ももらった。そんな幼少期を過ごした私にとって、いまでも馬という生き物はこの世で最高に美しい存在のひとつだ。

ご存じの通り、競走馬が現役として活躍できる時間はとても短い。エフフォーリアが競走馬として駆け抜けた時間は3年と少し。この感覚、大学教員とラボの学生たちとの「かかわり」の時間の感覚に似ている。

競馬歴の長い人ほど多くの競走馬を見ている。その分、特定の馬への思い入れも深い。面白いのは通しで1番2番ではなく、世代ごとにそれぞれのいわゆる推し馬が存在することだ。「あの世代はあの馬が」といった具合に。「最強世代」とか「世代最強馬」などが話題に上ることも多い。それほど、競馬にとって「世代」という区切りは明確だ。教員から見たラボメンも同じ。

これはSFCの特徴でもあるけど、私のラボは学部の早い時期から飛び込んでくる学生が多い。ラボを巣立つまでの時間は、学部卒であれば2年から3年。修士まで進めばプラス2年。学部・大学院修士4年一貫教育プログラムの子も多い。ひとりひとりの学生と「かかわる」ことができる時間はせいぜい数年と短い。道を極めたい学生との「かかわり」はもう少し長くなる。卒プロは別の研究会で進める子もいる。世代の入れ替わり、ラボとしての新陳代謝は、大学教員の永遠の悩みでもあり、同時に楽しみでもある。

2013年に今のラボ(Sociable Robots Lab.)を立ち上げて、ちょうど10年が経った。世代ごとの個性も様々。何事にもアクティブな世代、少し大人しい世代、いろいろだ。で、それをヨコから眺めてニヨニヨするのも楽しい。これまでに何度か「最強世代」と呼びたい代があった。こういった代のエネルギーをどう次の代に伝えていくか、なかなかに悩ましい。もちろん「世代を超えたドリームチームを作ることができたら」と思うこともある。でもそれは教員の我が儘というものだろう。

いまの私のラボのメンバは間違いなく第n期最強世代だ。それだけにこの春にラボを巣立っていく学生・院生のことを思うと、例年以上に寂しさが募る。

エフフォーリアが駆け抜けた3年間、彼ら彼女たちは私との「かかわり」の中で、コロナ禍という大きな困難とそこからの立ち直りの過程を、現在進行形で体験してきた。この世代はキャンパスやラボのリソースを使えない、オンラインでしか人と「かかわれ」なかった時期を経験している。Zoom後遺症とも呼べばいいのだろうか、対面と遠隔のコミュニケーションの境界が曖昧で、両者の違いにまだ上手く対応しきれない人もいる。それでもこの経験はこの世代の最大の強みであり、これからの人生にとって大きなアドバンテージにもなるはずだ。

前回、2021年の秋にこのコラムに寄稿した際、私は「キャンパスって何なのだろう?」という問を投げかけた。(「繋がりの変化とキャンパス」)当時、対面でのキャンパス生活が戻りつつあったとは言え、キャンパス規模でのイベントはまだまだオンラインでの開催が主。私が密に関わった未来構想キャンプもORFも学会も、全てがオンラインだった。

キャンパスにようやくほぼほぼの日常が戻ってもうすぐ1年。秋には引き続き実行委員長を務めたORFを3年ぶりに対面で開催することができた。キャンパスでの開催は完全に私の我が儘。実に20年ぶりだった。以前のノウハウはほとんど残っておらず、全てが手探りの中での準備。それでもキャンパスから生まれたアイデアや成果をフルセットで、キャンパスのリソースをフルに使って展示し、六本木でできなかったコトをキャンパスでやりきった(もちろん都内に出張っての開催を望む声があることも承知している)。展示全般を仕切ってくれた鳴川先生をはじめ、実行委員の先生方と各方面の事務の皆さまには感謝しかない。

未来構想キャンプもまた、これまでにない飛躍的な進化を遂げる。夏の開催に戻った未来構想キャンプ2022では、キャンパスを飛び出し、土佐、阿蘇、大山の3箇所で地域密着型のワークショップ(合宿形式)を開催した。私も鳥取県とWebDINO Japanの協力のもと、大山で「Augmented Townワークショップ/XR とロボティクスで街の未来を描く」を担当した。参加してくれた高校生や高専生はもちろんだが、それ以上に高校・高専の先生方、自治体の方々、フィールドワークさせていただいた地域の皆さんがノリノリで関わってくださり、実に密度の濃い時間を過ごすことができた。大人たちは「生徒に負けてられん」とばかり、急造チームを結成して徹夜で同じテーマに取り組んでいた。いやはや実に大人げない(褒めています)。

肝心なのは、単純に3年前に戻ったのではなく全てがバージョンアップであり、着実な前進がそこにあるということだ。この3年間の試行錯誤は決して無駄ではない。今年巣立つラボメンたちもまた同じ。この代は前例のない困難を乗り越えて、最強世代のひとつと呼ぶに相応しい成果を残した。3年分以上の成長を見せた。長くはない私との「かかわり」の時間(むしろ他の代と比べて短かったかも知れない)の中で、彼ら彼女たちが強烈な印象を残す代となった理由はそこにある。みんな、自信を持っていいよ。

P.S. 本当は(おそらく)期待していただいていたORFと未来構想キャンプの進化の話をしようと書き始めたけど、エフフォーリアの引退で全て吹っ飛んでしまいました。ごめんなさい。また別の機会に。

SFC CLIP記事(2022年11月17日)
「SFCならではの "知の生態系" を循環させたい」 ORF実行委員長

慶應SFC × 鳥取県 × WebDINO Japan 未来構想キャンプ in 大山(Youtube)

高汐 一紀 大学院政策・メディア研究科委員長補佐/環境情報学部教授 教員プロフィール