ついに、叢書「総合政策学をひらく」の五巻本が刊行されました。『流動する世界秩序とグローバルガバナンス』、『言語文化とコミュニケーション』、『社会イノベーションの方法と実践』、『公共政策と変わる法制度』、そして『総合政策学の方法論的展開』です。
この叢書の刊行は、湘南藤沢キャンパス(SFC)教職員、慶應義塾大学出版会の編集担当者による協働の成果といえるものです。この「ブックプロジェクト」にかかわった全ての方と共に、本叢書の刊行をよろこびたいと思います。ほんとうによかった。
この叢書を手に取った皆さんは、SFCで展開している総合政策学という学問領域の現在を知ることができるはずです。
これまで、総合政策学部とSFCは、「未来を切り拓くための政策」を考えることを教育と研究活動の中心に置いてきました。政策を「人間が何らかの行動をするために選択し、決断すること」と捉え、また「人間の行動が社会であり、その社会を分析する科学は、総合的判断に立脚しなければ成り立たない」という認識のもとに、総合政策学という学問は生まれました。人間の選択、決定、実行がテーマでした。
そして、SFC創設以来三〇年の歩みのなかで私たちは、総合政策学を現実社会の問題、すなわち政策問題を、実践的に解決する取り組みをつうじて知の蓄積を図ろうとする「実践知の学問」、と定義しました。
私たちはまた、総合政策学を「常にあるべき自らの姿を問い続けるべきもの」と理解してきました。それは、「社会が変わり続ける限り、総合政策学の知見は常に古くなりつつあり、更新され続けなくてはならない。社会に間断なく問題が生まれ続ける限り、これだけ学んでおけば良いという固定化された知識では不十分である」という言葉で簡潔に説明しています。
いま、私たちが生活する社会は、大きく変動しています。社会が共有してきた価値や利益は流動し、社会が了解してきた規範や制度といったゲームのルールは動揺しています。これまで当然のこととされてきた前提の多くは変化しているのです。例えば、リベラルデモクラシー、グローバル化、経済的な相互依存の深化は、国際社会の平和と繁栄を保証すると信じてきましたが、現実の国際社会は異なる姿を示しています。
そもそも社会の秩序は常に流動するものです。私たちが向き合う現実社会の問題の多くが、従来の解決方法に常に懐疑的であり、常に新たな発想を要求するのはこのためです。また、現実社会の問題は、特定の学問領域に立ち現れるわけではありません。問題を解くための有効な決定を導くためには、複数の学問分野からの視点が必要になります。
こうした認識を踏まえて総合政策学部は、個々の先端的な学問領域に通暁しつつも、それを総合的にとらえなおして問題解決するために、学際領域に踏み込もうとする学問的姿勢を三〇年にわたって堅持してきました。SFCと総合政策学部の魅力の源泉は、この点にあるといってよいでしょう。
SFCにおいて学生は、この叢書にひろがる学問領域の一つ一つを深く追究することができます。これと同時に、総合政策学は、複数の学問領域を掛け合わせることの必要性を強調してきました。「掛け合わせる」とは何か。例えば、こんな説明ができるでしょう。
これまでの日本社会は、(話しを単純化すれば)大学を卒業した時の選択の下、その領域の高みに向かって歩み続けることが一般的でした。すなわち、実業の領域、公共の領域、あるいは学術の領域のいずれかを選択し、以降、その領域において経験と知識を深めてゆくことが当然とされてきました。
しかし、近年、従来とは異なるキャリア形成に注目が集まっています。実業と公共と学術の領域の間を自在に往復するキャリアです。科学技術の発展は、私たちが生活する社会の急速な複雑化を促しています。現実社会が直面する問題は、専門性を要求しながらも、異なる領域を識る人材を求めています。不断に変化する社会は、専門性を有しながらも、専門性の境界を自在に往復できる能力をもつ人材を求めるようになった、ということです。
社会が期待する専門性のありかたが変化したということでしょうか。専門性を深く掘り下げてゆくという従来の「足し算」の考え方とともに、領域横断的に専門性を構築してゆくという「かけ算」の考え方も求められるようになった、と説明することもあります。本叢書は、SFCという場において「かけ算」の専門性を深めるためのガイドブックとしての役割を担っている、といってもよいでしょう。
本叢書の刊行が、SFCの発展にとって、重要な契機となると私たちは信じています。私たちの学部とキャンパス、そして大学を取りまく環境は大きく変化しています。いま、私たちは、これまでの30年の歩みを踏まえ、これからの三〇年の発展のあり方を見直し、飛躍する段階にいます。SFCの教員が、より高い視点にたって、これからの発展の方向性を考えるためには、総合政策学の今の姿を理解する必要があるはずです。本叢書の刊行は、そのために、どうしても必要な取り組みでした。もちろん刊行は、総合政策学の発展の歩みの通過点にすぎません。これからも総合政策学は新しい発展の可能性を模索してゆきます。次の展開は、次回の「おかしら日記」で披露したいと思います。
付記
既に刊行している(2023年2月28日現在)『総合政策学の方法論的展開』、『言語文化とコミュニケーション』は好評を博しており、在庫が少なくなっているようです。急いで書店に走るか、ウェブにアクセスして購入してください。