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2023.04.04

5年ぶりのエンジョイ・ベースボール|健康マネジメント研究科委員長 石田 浩之

10数年ぶりにリビングのテレビを買い換えた.これまでは使っていた機種はS社のリアプロジェクションTV.ちょっとマニアックな話になるが,リアプロジェクションTVは内蔵された光源から小型液晶素子画像に光を当て,それをミラーで反射しスクリーンに見立てた大画面に投影して作像する技術であり,映画の映写機と似た原理であるため,発色と立体感に優れるという利点がある.一応,私は人の病気を治すことが仕事であるが,元秋葉原少年(注:メイドカフェ以前の電気街秋葉原)なので機械を直すことも(の方が?)自信があるので,この手の技術へのこだわりは強い.一方,このこだわりは家族にとって理解しがたいものであり,古い機種ゆえ,ネット配信未対応への不満はピークに達していた.しかたなく,ネット対応型の液晶テレビを導入したわけだが,その技術進歩には驚いた.高画質回路や画像処理速度は格段に進化し,全くストレスなく配信動画を視聴できる.何を今さらと思う方もあろうが,テレビコンテンツのネット配信が始まった黎明期を知る者としてはまさに異次元の進歩.昭和時代のコンテンツが数多く見られるのもありがたい.

さて,導入後どうしても目が行くのが青春時代(もはや死語?)に熱中したスポ根アニメである.中でも忘れられないのは"あしたのジョー"だ (高森朝雄(梶原一騎)作).昭和世代なら誰でも知るボクシング漫画の金字塔とも言える作品であり,空っ風に乗って口笛とともに東京山谷のドヤ街に流れ着いた風来坊ジョー(矢吹丈)が,老トレーナーとの出会いからボクシングを始め,少年院送り,訳ありの人々との出会い等,数々のエピソードを経て世界タイトルマッチに挑むまでの遠大なストーリーだ.階級別スポーツにおける減量,ボクシングにおける頭部外傷やパンチドランカー(現在は慢性外傷性脳損傷と呼ばれる)など,現代のスポーツ医学においてまだ未解決の問題を,すでに提起している点でも興味深いアニメである.世界戦の場面は何度見ても鳥肌が立つ.少年院時代を一緒に過ごした仲間たち,山谷の住民やジョーを兄貴分と慕うストリートチルドレンが会場にどっと詰めかけ,決して平坦でないそれぞれの人生の,それぞれの思いや夢を,彼らのヒーロー,矢吹丈に託して声援を送り,それを力に変えてジョーが闘う光景は,たかがアニメとはいえ,心に響くものがある.

実はつい先日,同じような感動を体験する機会があった.甲子園球場で行われた第95回選抜高校野球である.5年ぶりのセンバツ出場を決めた慶應義塾高等学校(塾高)野球部は1回戦で強豪,仙台育英高校と対戦した.塾高ベンチサイドである3塁側はアルプススタンドはもとより,内野席も外野席も満席状態.私は幸運にもアルプススタンドで応援することができたが,周囲を見渡すと,ベンチ入りできなかった野球部員,女子高バトン部,塾高應援指導部やブラスバンド,そして現役サポートのために駆けつけた部のOG/OB,さらには彼らを日頃から支えて下さっている教員の方々が降りしきる雨を物ともせず,精一杯の声援を送っていた.それだけではない.塾長や塾執行部の方々はもとより,一貫教育校の小学生から年配の塾員までが自然発生的に全国から甲子園に集合してスタンドを埋め尽くし,森林監督率いる塾高野球部に大声援を送る光景は,慶應社中の求心力が具現化された瞬間であり,私は言葉にできない感動を覚えた.

「応援が背中を押してくれた」と選手たちはしばしば口にする.自然科学的検証は難しい現象だが,近年,コーチングの分野ではその機序(?)として,"集団凝集性"が注目されている.集団凝集性とは"集団のメンバー間が引き合う魅力を維持する社会的力であり,集団を分裂する力に抵抗する力","チームのまとまりの程度を認識する概念"などと説明され,集団凝集性の高さは団体競技のみならず,個人成績にも好影響をもたらす可能性が示されている(健康マネジメント研究科 野沢絵梨君 博士(スポーツマネジメント学)論文2020年,https://koara.lib.keio.ac.jp/ ).もちろん,強力打線を1失点に抑えた小宅君の快投も,9回,代打安達君の見事な同点打も,サヨナラ打をレフトゴロに仕留めた福井君の好返球と捕手渡辺憩君のナイスキャッチも,すべて本人たちの日頃の鍛錬の賜物ではあるが,スタンド席の野球部員はじめ社中一体となった渾身の応援,そして,スタンドの観客とフィールドの選手の心を一つに繋ぐ伝統の応援歌,これが選手たちの集団凝集性を高めることに少なからず寄与したと私は信じたい.残念ながら試合には負けたが,9回土壇場で同点に追いついて声高らかに歌った「若き血」は,誰もが決して忘れることはないだろう.彼らの流儀,エンジョイ・ベースボールを貫いて甲子園出場果たし,強豪校を相手に互角の戦いを繰り広げた野球部員たちを称えるとともに,森林監督はじめ,塾高野球を支えて来られたすべての方々に敬意と感謝の気持ちを伝えたい.2023年3月21日,われわれは夢の舞台で素晴らしい時間を共有することができました.本当にありがとう.

追伸:いよいよ4月8日(土)から東京六大学野球が開幕する.この春のリーグ戦からCOVID-19に伴う規制はほぼ無くなり,応援席(旧学生席)も復活して塾生と應援指導部員が一体になった応援が可能となる.5月27,28日には早慶戦が開催される.COVID-19の影響でほとんどの塾生は正規の形の早慶戦を体験してないだろう.是非ともこの春は神宮に足を運び,伝統の早慶戦の雰囲気と熱量を感じ取ってもらいたいと強く願う次第である.

石田 浩之 健康マネジメント研究科委員長/教授 教員プロフィール