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2023.04.11

新著2冊|常任理事/政策・メディア研究科教授 土屋 大洋

米国の首都ワシントンDCを東西に走る通りにはアルファベット1文字で名前が付いている。そのうちKストリートはロビイストの事務所が多いことで知られている。20年以上前、ジョージ・ワシントン大学の客員研究員をしていた時、Kストリート沿いの研究室を使わせてもらっていた。

麻婆豆腐

近くにタイ・キングダムというタイ料理屋があってよく通っていたが、コロナ禍よりもずっと前の2011年に閉店してしまったようだ。その向かいに四川料理屋がある。同じ通り沿いにはかつて国際戦略問題研究所(CSIS)があって、イベントの後の会合でよく使われていた。CSISは移転してしまったが、四川料理屋は続いている。

2022年5月1日の夜、大勢でこの店のテーブルを囲んでいた。名物の麻婆豆腐に手を出そうとした時、加茂具樹学部長から国際電話がかかってきた。同僚の中山俊宏さんが倒れたという。麻婆豆腐は諦めてすぐにホテルに戻って遠隔会議をつないだ。しかし翌朝、中山さんの訃報を伝える電話がかかってきた。

2023年3月、慶應義塾で実施している大学院生のためのアーミテージ・プログラムでワシントンDCに戻ってきた。本来なら、3年前の3月に中山さんが率いてくるはずだった。しかし、新型コロナウイルスが広がりはじめ、ひょっとすると米国政府が国境を閉じ、帰国できなくなる恐れがあったために中山さんが中止を決断した。それ以降、中山さんがワシントンDCに戻ってくることはなかった。

アーミテージ・プログラムの最終日、昼ご飯をどうするか迷った挙げ句、四川料理屋を思い切って再訪した。麻婆豆腐を注文する。頭のてっぺんの髪の毛が逆立つような辛さだ。と、ここで思い出した。中山さんは辛いものが苦手だった。加茂さんと私がまちがって頼んでしまっても何も言わない。しかし、料理が運ばれてくると、「辛いものは苦手なんだよね」とはにかみながら言う。そういう人だった。

書影

中山さんの一周忌に合わせて2冊の本が出版される。1冊目は、中山俊宏著『理念の国がきしむとき―オバマ・トランプ・バイデンとアメリカ―』(千倉書房)だ。オバマ政権からトランプ政権を経てバイデン政権へと続くアメリカについての中山さんの論考を集めたものだ。一見すると異質なトランプ政権にも、オバマ政権とバイデン政権に通じる大きな流れがあることを解き明かしている。千倉書房の編集者・神谷竜介さん渾身の編集である。

もう1冊は、中山俊宏著『アメリカ知識人の共産党―理念の国の自画像―』(勁草書房)だ。これは中山さんの博士論文をまとめたものである。中山さんがアメリカの共産党について博論を書いたらしいということは、友人・知人の間ではよく知られていたが、実際に読んだ人はほとんどいなかった。しかし、彼はそれを出版しようとし、勁草書房の編集者・上原正信さんに電子ファイルを預けていた。それを出版しようと上原さんが決断してくださった。原稿を読んで分かったのは、アメリカの共産党について書いているのではなく、アメリカが共産主義を一時的に受容し、やがて排除するというプロセスにおいて何が議論されたのかを分析しているということだ。アメリカが排除したものを通じて理念の国アメリカを考えようとする若き中山俊宏の知的試みを知ることができる。

この2冊の本は、中山さんの考えを後の世に残したいという加茂さんと私の思いを、2人の編集者、中山さんの博論の主査である押村高先生、そして中山さんと多くの研究活動をともにした会田弘継先生、久保文明先生が支持してくださることで出版できた。皆さんに感謝したい。

中山さんもきっと喜んでくれていると信じたい。それぞれの本は、学生たちには安いとは言えない価格だが、それに値する中身の詰まった本である。是非手に取ってもらいたい。

土屋大洋 常任理事/政策・メディア研究科 教授 教員プロフィール