大学連携による地域づくりの教育・研究・実践の嚆矢濫觴は2005年。当時はSFCに赴任したばかりで、何をどうすすめるのか、右も左も分からないような有様だった。タイミングよく、ある地域の方々から共同研究プロジェクトの一環として、地域づくり活動のケース教材開発の依頼があった*。当時、地域づくりや社会イノベーションなどを題材としたケース教材は数少なく、内容、構成、ディスカッションポイントなどまさに手探り状態。そこで、チャレンジングなテーマだからこそ学生メンバーと一緒に挑戦してみようと思い立った。まず、一般的なケース教材の構成や内容などを伝えて、まとめ方については自由に表現してもらうことにした。
後日、学生メンバーから提出されたケース教材を一読して驚いた。修正するようなところがほとんどないのである。地域の状況や課題、立ち上げからのプロセス、リーダーが置かれた状況などが的確に記述され、意思決定に必要なさまざまな情報も盛り込まれている。何より、リーダーの地域に対する想いが十分に伝わってくる内容だった。それからというもの、学生メンバーと半学半教しながら地域の課題解決に挑む共同研究プロジェクトを「○○元気プロジェクト」(○○は地域名。以下、元気プロジェクト)と名付けて推し進めるようになった。今まで、北海道から九州まで15以上の元気プロジェクトを展開。つい先日も、2023年度の新しい元気プロジェクトが立ち上がった。
元気プロジェクトは、総務省が提唱している「域学連携」の活動そのものといっていい。その活動領域は、ケース教材開発をはじめ、観光振興、商店街振興、場づくり、人材育成、特産品開発、コミュニティ形成など幅広い。大切なポイントは、地域の方々とともに、元気プロジェクトは何を目指すのか、コンセプトやゴールを十分に議論し、合意形成をしておくことだ。このとき、最終成果物についても取り決めておくことを忘れてはならない。
試行錯誤を重ねながら、元気プロジェクトのすすめ方には一定のモデルを取り入れている。まず、春学期の研究会の授業で、地域づくりに関するたくさんの論文や本を紐解き、先進事例などを幅広く学ぶことでエッセンスをしっかりと講究。そして、実践にいかしていくにはどうすればいいかを徹底的に議論する。授業の後半には、元気プロジェクトの地域の方々に地元の実情を報告してもらい、まずはグループワークによって課題解決策を検討する。そして、夏季休業期間に地域の課題解決のためのフィールドワーク合宿を敢行。合宿最終日には、全ての成果を総括して、地域の課題解決のための具体策を発表する。実際に現場を訪問し、地域をつぶさに観察し、さまざまな人々から話をうかがうと、教室の中だけで考えていた机上の案は完全に覆ってしまうところが興味深い。
■鷹栖町元気プロジェクトの様子
ただ提言発表しただけで元気プロジェクトが終わるわけではない。これはあくまでスタートだ。その後、引き続き関わりたい学生メンバーを公募。地域の方々と一緒に提言した内容を再度吟味し、実際に取り組んでいきたい施策を選び出して、それらを地域の方々とともに実践するまでを執り行う。もちろん、地域づくりにおいては1年では成果がでないものがほとんどだ。そのため、2年、3年と継続しながら根気強く推進する。そして、持続可能な仕組みづくりを目指していく。中には、地域の方々に活動を引継ぐことで10年以上続いているものもある。
大学連携による地域づくりにはどのような効果が期待できるのであろうか。まず、地域の方々が日常の生活の中で気がついていない地域の資源や魅力を見つめ直すことにつながることがあげられるだろう。どこにいっても、学生の視点がとても新鮮だった、若者の感性に感心したという声が寄せられる。海沿いのある地域でのこと。当初、地域の方々は美しい海を活用した観光振興策を検討しようとしていた。ところが学生メンバーは、海はもちろん綺麗ではあるが、それよりも海を見下ろす高台から眺める星空が息を呑むほど素晴らしいと申し出て、星空鑑賞会を開催することになった。その結果、他県からも観光客が来訪するようなイベントになった。
また、地域の人々の心を動かして何らかの活動を生み出す契機となることも多々あった。地域の人々による特産品づくりにつながったり、何かの組織や活動が次々と生まれたりするなどの例は枚挙に暇がない。夜遅くまで熱心にこれからの地域について議論を重ねている学生メンバーを見て、地元の自分たちこそ何かしなければと思うようになるそうだ。さらに、地域内外の人と人とのつながりが新しく形成されることも効果の一つだろう。学生メンバーを介して、今まで全く交流がなかった人々が出会ったり、他地域の人たちとつながって地域課題の相談をしたことなども数えきれないほどあった。最近では、「関係人口」づくりにも貢献している。ある地域で活動していた学生メンバーは、その歴史や文化、地元の人々に魅せられ、卒業と同時に移住した。地域おこし協力隊に応募して活動している学生メンバーも複数いる。
大学のメリットは実践知の創造の端緒となることだろう。学生メンバーから発表された提言内容は、間違いなく授業で学んだ理論や事例をうまく取り入れていることがわかる。さらに、苦心しながらも、元気プロジェクトの実践の結果を自らの研究に反映させようと努力している。
今後の課題としては、地域での実践をいかに教育・研究につなげていくのかをもっと探究しなければならないことがあげられる。例えば、PBL(Project Based Learning)のすすめ方やアクションリサーチの分析方法などについてはさらに考究する必要がある。そして、研究と実践との相乗効果によって、総合政策学をひらくために役立つ何かにつなげていくことができればと念願している。
このように大学連携による地域づくりは、地域、大学双方にとって価値がある。2022年6月7日のおかしら日記でも紹介したように、SFC周辺の「健康と文化の森」地区はこれからキャンパスタウンを目指した開発が行われる。大学は、新しい知識や技術が生まれいずるところであるし、何より失敗を恐れない行動力のある若者の集積地でもある。これから、健康と文化の森地区において、地域と大学のそれぞれの資源が結びつくことでユニークなイノベーションが次々と生まれ、百花繚乱の様相を呈するようになっていくことを期待している。
* この件は拙著『地域づくりのプラットフォーム』にも一部だけごく簡単に紹介している。