あまりにも自明なことなので、これまで明確に言語化してこなかったかもしれない。総合政策学にはグローバルと政策という視座が織り込まれている。
総合政策学部と環境情報学部に設置されている日本研究概論という授業がある。2012年にSFCの同僚とともに立ち上げたこの講義は、「現在に至るまでの日本の位置を把握し、現在の日本が置かれている状況を理解することで、近未来への政策的思考の基盤を獲得すること」を講義の目的として掲げてきた。
SFC在学中、そしてSFC卒業後、誰もが、好むと好まざるとにかかわらず、グローバルな課題と向き合い、グローバルな仲間とともに、グローバルな舞台で活動する機会を得るだろう。そしてまた、グローバリゼーションのなかで、日本を海外の仲間たちに説明することになるはずだ。誰もが直面するこの課題は、一見、簡単そうにみえるが結構難しい。私たちは、日本を説明する能力、日本を発信する能力を求められている。
日本は、高度成長を経験し、その後も長期にわたって安定した社会を維持してきた。この経験を以て日本は成熟社会ともいわれる。また日本がいま直面している課題は、世界の多くの国や地域がこれから直面する課題でもある。日本は課題先進国ともいわれる。
こうした日本が直面している課題は、SFCで展開している先端的な研究が向き合っている研究課題でもある。それだけSFCの学問領域は広い。そこで私たちは、日本研究概論という講義を「SFCをはじめ日本で展開している先端的な研究を介して、日本を説明し、発信するための材料や方法を学ぶ場」と位置付けてきた。
この講義をつうじて私たちは、日本が直面している課題について多角的な検討を加え、政策選択肢と、その課題解決のための政策実施のありかたを考察してきた。「課題を解決するための政策」を考察してきたのである。「政策」をキーワードに、「いま日本でおきていること」を理解しながら、「日本から考える」視点を獲得し、日本理解を深めるための手掛かりを得ようという試みである。
日本研究概論という講義を立ち上げて、10年あまりが経過した。この秋、私たちは日本研究概論の講義の枠組みを再検討することにした。再検討にあたって、総合政策学とは何かという問いにたち戻る必要がある。「おかしら日記」でも何度も議論してきたことだ。
総合政策学とは何か。流動的で複合的な社会の問題、すなわち政策課題をまえに、実践的な取り組みをつうじて知の蓄積を図ろうとする学問、「実践知の学問」が総合政策学である。
いま、その意義が再認識されている。国内外の環境は大きく流動し、人々のキャリアデザインの変化を促している。官民間の人材流動の増加や政策・社会起業家の誕生など、人と知の流動性は高まっている。ある一つの領域を深く掘り下げ、一つの高みにむかって突き進んでゆくというキャリアパスだけでなく、リボルビングドアのように異なる領域を往来しながらキャリアを豊かにしてゆくという生き方も選ばれている。いずれのキャリアを歩むにあたっても、如何に「実践知」を豊かなものにしてゆくのか、は重要な課題だろう。
どうすれば多様な「実践知」を会得することができるのか。そのためには、現実社会において、「実践知」がどこに蓄積されているのかを把握しておかなければならない。私たちは、その一つが「政策過程」ではないかと考えている。「政策過程」には現実社会の問題を解決するために人や組織や社会を動かす先鋭的、専門的で、かつ領域横断的な知が埋め込まれていると捉える。
秋からはじまる新しい日本研究概論は、「実践知」の姿を「政策過程」に見出し、履修者は、様々な「政策過程」を追体験し、「実践知」を学ぶ機会を提供することにした。本講義をつうじて、さまざまな政策ケースや政策過程にかんする知を結集した「政策ケースブック」をつくり、SFCの新しいアカデミックコモンズの創造を試みたい。
その際、今学期の日本研究概論では、オーソドックスな「政策」の概念にたち戻る。様々な場で論じられているように、SFCの総合政策学の「政策」という概念はとても広い。「人間が何らかの行動をするために選択肢、決断すること」を意味し、それは政府の政策でもあれば、企業のとるべき決断、国際社会の中での選択も含んでいる。総合政策学の「政策」は、公共政策学や政策科学といわれる学問が取り扱う「政策」よりも広いのである。この3月に刊行した叢書「総合政策学をひらく」が、その広さを示している。
しかし、今学期の日本研究概論は、総合政策学部と環境情報学部における教育と研究の魅力の一つである、官公庁との交流人事を実施してきたという経験を積極的に活用したい。SFCは、警察庁、厚生労働省、総務省、環境省から有期の専任教員をお迎えしてきた。それぞれ10年近い人事交流の経験がある。また海上保安庁や防衛省・自衛隊から特別招聘教員や非常勤講師をお招きしている。また官公庁と民間を渡り歩いてきた教員、官公庁や関連する研究機関での勤務経験をもつ教員は多い。
そうしたSFCの特質を生かし、今学期の日本研究概論は、警察や外務、経済にかかわる政策を実際に担当してきた実務家OBをお招きして政策過程を追体験するとともに、政策データ収集の方法や政策分析の方法についての基礎的な理解を深める講義を展開する。
グローバルに生きるために、日本が向き合う課題を政策から考えて、日本を発信する術を学ぶ。SFCの学問の一翼を担う総合政策学の深化と、その発展に取り組む教育として、共同担当の教員(清水唯一朗教授、田中浩一郎教授、そして本講義科目の創設以来協働している土屋大洋教授)、そしてSFCの同僚とともに、日本研究概論を進化させたい。
※ 日本研究概論は慶應義塾未来先導基金(2023年度)の支援を得て実施します。