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2023.12.19

韓国でパリパリ|常任理事/政策・メディア研究科教授 土屋 大洋

韓国の首都ソウルから新幹線KTXで3時間弱、初めて釜山の駅に降り立った。あいにく船旅ではなかったが、私の頭の中では「釜山港へ帰れ」のメロディーがリピート再生されていた。タクシーに乗ってホテルへ向かう道中、運転手さんは日本語で東京に住んでいた頃の思い出を話してくれた。今は月に3度も、釜山と九州の間にある対馬に船で行くそうだ。温泉に入って食事をして日帰りで行くのが楽しみだという。すでに成人して兵役を終えた二人の息子さんは、日本食の味に敏感なのだそうだ。

翌日の午前中、国立の釜山大学校(PNU)を訪問した。10カ月前に慶應と釜山大学校は学生交換協定を結んだ。環太平洋大学連合(APRU)で何度も顔を合わせた国際担当のイ・ムーンスク教授が迎えてくれた。大雨が降る中だったが、学生寮や図書館などを見せてくれた。図書館の中にはおしゃれなカフェのようなコーナーや先端IT企業のオフィスのような快適な場所が作られている。人気の席はネットで予約して使うそうだ。

午後は、見上げるような坂の上にある私立の東西大学校(DSU)を訪問した。張済国総長は慶應で博士号を取得した方だ。慶應の西野純也・東アジア研究所所長と東西大学校の辛正承・東アジア研究院院長の間で学術交流協定に署名する式典が開かれた。


式典の後、車で40分ほど離れたところにある同大の新しいセンタム・キャンパスへ移動した。ここはもともと空港があったそうだが、空港が閉鎖され、何もなかったところに市からの要請を受けてキャンパスを開いたという。高層ビルにはIBMの量子コンピュータの施設やクラウド・サービス事業者の紹介スペースなどが入っており、賃貸料が大学に入る。何もなかった土地の開発が進んだおかげで賃貸料もどんどん上がったそうだ。韓国の私立大学の学費は政府によって15年間も凍結されているという。それを補う収入だ。

韓国の黒澤明と呼ばれる映画監督の林権澤の映画博物館も入っている。映画撮影を学ぶスタジオや、ミュージカル制作・公演のためのホール、観光ビジネスを学ぶためのホテルを模したスペースなどもある。ミュージカルを学ぶ授業では、先生と学生たちが息の合ったダンス・パフォーマンスを見せてくれ、映画の授業では、ソウルから来た先生が、映画のワンシーンをコマ送りにしながら解説していた。

両大学の設備を見せてもらいながら、そこまでやらなくちゃいけないのかと感心するとともに、正直戸惑いも覚える。

韓国で2022年に生まれた子供の数は24万人だそうだ。しかし、韓国の大学全体の定員数を合計すると55万人にも上る。18年後に韓国の子供全員が大学に入ったとしても、定員の半分も埋められない計算だ。釜山は韓国第2の都市とはいえ、人口減少が明らかだという。ソウル一極集中の韓国では、誰もがソウルの大学を目指すので、釜山の大学はすっからかんになってしまうかもしれない。地方の大学は、学生にとって魅力的な大学設備を整えるとともに、留学生の呼び込みを最重要課題にしている。

釜山から帰国した翌日、今度は三田キャンパスで韓国の延世大学校のソ・スンファン総長をお迎えし、経済学研究科から名誉博士号を授与する式典があった。都市経済学を専門とするソ総長は、ソウル市街から少し離れた仁川に60万平方キロの広大なソンド国際キャンパスを開き、延世大学校を一気にグローバル化させ、世界的に高い評価を受けている。聞くところによると、ソ総長はソンド国際キャンパスの構想に当たって、我らがSFCにも見学に来たそうだ。


課題先進国と言われる日本だが、2022年の出生率は1.26。それに対し韓国は0.78である。世界で最も速いペースで少子化が進んでいる。大学が直接的に出生率の向上に貢献することは難しい。こうした状況で生き残りを図るには、大学の魅力を上げ、国内外の若者たちを引きつけるしかない。韓国特有のパリパリ(速く速く)文化に煽られて、韓国の大学は猛烈な勢いで変化しつつある。

とはいえ、今の大学執行部のメンバーは、20年以内に間違いなく引退する。彼らは逃げ切れるはずだが、未来を見据えて努力している。未来の自分の大学のリーダーたちに確実にタスキをつなぐために、今、一所懸命に手を打っている。SFCに開設されたΗ(イータ)ヴィレッジは、15年前のSFCのおかしらたちが構想してくれた贈り物だ。私たちもこのキャンパスを未来へつなぐための努力を練り続けなくてはならないだろう。

土屋大洋 常任理事/政策・メディア研究科 教授 教員プロフィール