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2024.02.20

テレビドラマから学んだこと|健康マネジメント研究科委員長 石田 浩之

若い世代のテレビ離れ=地上波視聴時間の減少が指摘されて久しいが,我々,昭和に多感な時期を過ごした世代にとって,テレビやラジオは貴重な情報源であり,これらから多くのことを学んだように思う.当時,民放局の特徴をして,「ドラマのTBS,バラエティーのフジ」と言われていた.フジテレビ系は"おれたちひょうきん族","みなさんのおかげです"など,破天荒な,でも見ていて思わず爆笑してしまうバラエティー番組を創造し,そこはビートたけし,明石家さんま,とんねるず,宮沢りえ,松嶋菜々子ら,当時,黎明期にあったとも言える将来の大物タレンントたちの"耕し"の場であった.一方,TBSドラマは1970年代の"赤いシリーズ"が有名だが,以降も"金曜日の妻たちへ","高校教師"など,それまで社会の暗部としてタブー視されてきた不倫,教師−生徒愛,強姦や虐待など,良く言えば当時としてはアバンギャルドなテーマを扱い,広く世間の物議を醸し出した.また,ドラマの中に挿入される音楽についてもしっかりと作り込まれるようになったのはこの時期からだと思う.いわゆるテーマ曲の選定でだけではなく,暗く残酷なシーンには敢えて淡々とした音楽を挿入するなどの手法は往時の欧州映画を見ているようで新鮮だった.ちなみに前出の「高校教師」の音楽は塾員である千住明さんが担当されている.当時は(たぶん)放送コンプライアンスの自由度が高く,良し悪しはさておき,社会が容認し,時に興味をもって受け入れていた時代であり,最適解を示さず多様な刺激を与え,見る側の感性や価値観を揺さぶった意義は大きいと考える.さらに時は流れて「失楽園」がブームとなり,日本テレビ系でドラマ化された際は,夜のゴールデンタイムにもかかわらず,主演者たちのお色気シーンがこれでもかと言うくらい放送された.ブレーキとアクセルを一緒に踏みながら失楽園に向かう男女に,多くの人が心を揺さぶられたに違いないが,たぶん,金輪際,再放送は許されないだろう.なお,この原作(渡辺淳一著)は先行して日本経済新聞に連載され,通勤する人々は電車と小説,両方に揺さぶられながら会社に向かったのである.

昨年,11月29日,残念な知らせが届いた.ドラマのTBSを支えた一人である脚本家の山田太一さん死去された.享年89歳.山田さんが脚本を書かれた作品はいずれも素晴らしいもので,私が最も影響を受けた作家(脚本家)のひとりである.シナリオ本(ドラマのセリフを主体に構成した本)も多く読破した.それくらい,山田さんの作品に散りばめられた一つひとつの"ことば"は心に刺さるものがあった.山田さんの代表作として,"岸辺のアルバム"や"ふぞろいの林檎たち"を挙げる人は多いが,私は"想い出づくり"を挙げたい.ネットもスマホもなかった時代,そしてまだ女性の社会進出の助走期,働く三人の女性が結婚適齢期を迎え,その前に何か"想い出"を作ろうと悩む青春群像劇である.結婚相手による他動的人生が予見される複雑な境地において,彼女たちの自分探しは,古手川祐子,森昌子,田中裕子というユニークな配役も合いまって高視聴率を記録した.当時,日本はバブル期以前.格差社会における漠然とした不満を持ちつつ,そこから這い上がる術に乏しかった時代である.あえて市井の人々を題材としたことで多くの人の共感を呼んだと想像するが,山田さんの作品に共通して言えるのは,人が丁寧に描かれるとともに,会話とその間(ま)がとても大切にされていたことだ.将来が見えない,自分が思うようにならない,何かをじっと待つ,等々,DX全盛期のスピード感とは異なる調律で語られる物語は,今の若い世代にも是非,見てもらいたいと思う.

さて,冒頭,テレビ離れと申し上げたが,最近のTBSドラマは元気である.例えば皆さん,よくご存知の「VIVANT」.やはり塾員である福澤克雄監督の作品だが,「アラビアのロレンス」(1962年 デビット・リーン監督)を彷彿させる広大な砂漠のシーン,重層的な逸話が最後は一つに収束する計算されたシナリオは,アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督作品を見ているようで,もはやドラマのスケールを超えていた.また,最近の私のお気に入りは「不適切にもほどがある」である(放送中).「バック・トゥ・ザ・フューチャー」さながらに2024年と1986年をタイムマシンで主人公たちが往来するストーリーだ.昭和時代にトリップした現代人が,車内喫煙,セクハラ・パワハラ・モラハラのオンパレードに当惑する一方,令和に迷い込んだ昭和人はコンプラのオンパレードに息が詰まりそうになるも,昭和原理を貫き,その本音ベースの発言や立ち居振る舞いが次第に共感を得て行く様は,昭和のオヤジからすると少し痛快である.

こうしてあらためて両者を比較してみると,この38年間の落差はあまりに大きい."七つボタンは桜に錨"に憧れた軍国少年だった父親からは,"月月火水木金金"を叩き込まれて私は育ったが,今年の4月からは,いよいよ医師にも働き方改革の新制度が導入されるという.もちろん,それは推奨されるべき事だが,一方で,何処の職場にも,はたまたスポーツ界にも,まだ,前世代的昭和人が現役として混在しており,時に対立にするダブルスタンダードモラルの中で悩んでいる人が少なくないことも事実だろう.私を含め,旧モラル経験世代はもうすぐ自然減するので時間が解決するだろうが,全てを否定するのではなく,残すべきものは残し,変えるべきものは変えるというスタンスは重要だと思う.森林監督率いる塾高野球部が切り開いた道はそのロールモデルだと私は感じているが,市井の人々を扱った「不適切にもほどがある」もぜひ,今の若い世代に見ていただきたい.(Netflixにアップされています)タムパや道徳という軸で裁いたら間違いなくNGな会話や立ち居振る舞いから,何か感じ取るものがきっとあるはずだ.

石田 浩之 健康マネジメント研究科委員長/教授 教員プロフィール