新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。在学生は学年が進み、皆が気持ちも新たに次のステップに進む四月です。
大学ではさまざまな分野で学びを深めていきます。学ぶほどに興味関心が強まり、自身の研究・実践分野を定め追求する、そういう学びができるといいですね。それでも、うまくいかないことが続くと、この道が自分に合っているのか、この方向で本当に良かったのかと自問することもあるかもしれません。自分は何をするのか、どういった道を歩むのか、その答えは自分で出すしか他にありません。たとえぼんやりとしたものであっても、自分の向かっていく方向を探し出すことが大学時代のメインテーマではないでしょうか。
夏目漱石は、大正3年、学習院で「私の個人主義」というテーマで講演しています。その中で自身の半生を振り返り、「私はこの世に生まれた以上、何かしなければならん、と云っていって何をして好いか少しも見当が付かない。・・・この先自分はどうなるのだろうと思って、人知れず陰鬱な日を送った」と述べています。そして漱石は、考え抜いた末に「文学とはどんなものであるか、その概念を根本的に自力で作り上げる外に、私を救う道はないのだ」という悟り、すなわち「自己本位」という考えにたどり着きます。主体は自分である、ということですね。そして「何かに打ち当たるまで行くということは、学問をする人、教育を受ける人が、生涯の仕事としても、あるいは十年二十年の仕事としても、必要じゃないでしょうか。ああここにおれの進むべき道があった!漸く掘り当てた!こういう感投詞を心の底から叫び出される時、あなたがたは初めて心を安んずることが出来るのでしょう。容易に打ち壊されない自信が、その叫び声とともにむくむく首をもたげてくるのではありませんか。」と述べています*。自信とは、誰にも負けないとか、自信満々、といった感覚ではなく、自己への信頼や自己尊重といった意味合いではないか、と勝手に解釈しますが、独立自尊の精神の根底にあるものと言ってよいのではないでしょうか。
大学生時代は、新しいことに挑戦できる楽しく刺激的な時代です。そして社会的、経済的に自立した存在になっていくまでの移行期であり、心理的に葛藤の強い時代でもあります。新入生の皆さんは、今、期待とともに、多かれ少なかれ不安も抱いていることと思いますが、不安があるからこそ努力もできるのです。すべての新入生の皆さんが、大学生活を主体的に過ごし、大いに悩み、迷いながら、自分の道を見つけ出していかれますように、心からの声援を送ります。
*夏目漱石:私の個人主義、漱石人生論集、講談社学術文庫、2015(原本2001)