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2024.05.27

官庁交流人事|総合政策学部長 加茂 具樹

もしかしたら、あまり知られていないかもしれない。総合政策学部と環境情報学部は、現役の国家公務員を教員として迎えている。「官庁交流人事」という。総合政策学部は警察庁と厚生労働省、そして防衛省と、環境情報学部は総務省と環境省と交流人事をしている。まもなく、もう一つの新しい官庁との交流がはじまる。

いずれの交流人事には歴史がある。一番長いものは警察庁で、2006年4月からはじまった。現在で9人目の教員を迎えしている。その次が環境省で2007年4月からはじまり、現在は7人目である。総務省は2014年11月からはじまり、現在は4人目。厚生労働省は2017年4月からはじまり、現在は3人目だ。そして防衛省は2024年4月からはじまった。

いずれも、およそ2年から3年を任期とする有期教員ではあるが、代を継いで総合政策学部と環境情報学部、そして政策・メディア研究科での教育研究を繋げてくれている。学部と大学院の講義科目や研究会(いわゆるゼミ)を担当し、また学内行政等の学部運営にも尽力いただいている。そして非常勤講師、特別招聘教員として迎えている教員を含めれば、その範囲はもっと広がる。

総合政策学部と環境情報学部が、これまで、こうした交流人事を大切に繋げてきたのはなぜか。SFCの教育が「政策」に焦点をあてていて、その政策をつくるのは国家公務員だから、という答えもあり得るが、それだけではなさそうだ。

周知のとおりSFCの教育において「政策」の概念は広い。「政策というとすぐに国の政策を思い浮かべますが、ここでいう政策とは人間が何らかの行動をするために選択肢、決断することを意味する」や、「政策は政府の政策もあれば、企業の決断もあれば、国際社会の中での選択もある」という加藤寛初代総合政策学部長のことばを思い出して欲しい。だから、官庁交流人事を「霞ヶ関」の国家公務員を教員として迎えること、と文字通りの理解にとどめてしまうのであれば、官庁交流人事によってつくりあげられる教育というのは、SFCの教育のごく一部を支えているようにしか見えない。

しかし、SFCの教育において官庁交流はもっと大きなものを支えている。仮にSFCを「国の政策」を学ぶキャンパスだとしてみよう。「国の政策」がどんな力によって練り上げられてゆくのかといえば、非営利団体の力、学者やシンクタンクの力、社会起業家の力、企業の力といった、いわゆる政策起業家の力が、行政の力に作用しながら、政策決定者である政治家の判断を後押ししてゆくという構図が見えてくる。現実世界において、霞ヶ関の立案能力だけが「国の政策」をかたちづくるわけではない。

こうしてSFCの教育が「政策」を立体的に捉えているからこそ、官庁交流人事はSFCの教育にとって必要不可欠な存在となる。時代の先を見て政策を考え、政策決定者の判断を支えることが使命である「霞ヶ関」の現役官僚が、政策起業家を育むことも射程に入れているSFCの教育にあたえるインパクトは、大学教員が担うことができる教育とは全く異なるはずである。政策起業家だけでは「政策」をつくり実施するという営みは完成しない。  

そしてまたもう一つの狙いもある。現実社会の「政策」が、もはや「霞ヶ関」の立案能力だけでつくられているわけではないのであれば、霞ヶ関の現役官僚が、そのキャリアの途中で(キャリアの終着点ではない)、SFCの教員として活躍することは、「時代の先を見て政策を考える官僚にとって必要な能力とは何か」を再検討する契機となることだ、と期待している。

また、国内外の環境が大きく流動し、キャリアデザインの変化を促しているように、官民間の人材流動の増加など、人と知の流動性は高まっている。その現実を学生達はよく見ている。ある一つの領域を深く掘り下げ、一つの高みにむかって突き進んでゆくというキャリアパスだけでなく、リボルビングドアのように異なる領域を往来しながらキャリアを豊かにしてゆくという生き方は、もっと選ばれてゆくのだろう。そうした時代において、政策を考える現役官僚の姿を身近に見ることは、学生達にとって大きな意味を持つはずだ。

個々の先端的な学問領域に通暁しつつも、それを総合的に捉え直して、問題解決のために学際領域にも踏み込もうとする学問がSFCの学問である。それに取り組むSFCは、従来型の教育研究と比較して、依然として、時代の先を行く、異端な空間である。そうしたSFCと霞ヶ関とのあいだの交流は、あと2年で20年を迎えようとしている。一つの時代を築いてきた。この交流は、すでに様々な成果を生み出してきたが、まだ多大な可能性を秘めている。今後も引き続き、SFCの新しい教育研究のかたちとして、官庁交流人事が発展してゆくことを期待したい。

加茂 具樹 総合政策学部長/教授 教員プロフィール