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2024.06.18

サプリメント迷走|健康マネジメント研究科委員長 石田 浩之

某製薬会社の"紅麹"成分が入ったサプリメント(以下文脈に応じて"サプリ"とする)に由来すると考えられる健康障害が報告されて久しいが,依然,原因調査が続いていると聞く.製造過程における想定外のカビの偶発的混入(contamination)とそのカビが産生する腎毒性のあるプベルル酸が原因として疑われているようだが,真相については未だ明示的な公表はない.原因はさておき,このような状況になってもネット上では紅麹成分を含んだサプリが販売されていることに私は驚きを隠せない.たしかに,今回の事件は製造過程の精度管理に問題があったことは事実なのだろうが,医療者の端くれとしての見解は少し異なり,今回の事件の上流にはもう少し本質的な制度不備があるように感じている.

私はその昔,内科医になるべく訓練を受けた."内科医の生命線は診断学とそれに基づく適切な治療(投薬)の選択だ"と研修医時代からさんざん叩き込まれて育った.したがって,薬を処方することは大切な仕事なのだが,昨今,コロナワクチンに伴う有害事象の影響もあってか,処方される薬に対して「この薬,副反応はありませんか?」という嫌忌的質問が多くなった印象がある.ごもっともな心配だが,ならば,サプリに関しても,もう少し批判的な目で見てくださいと常々感じていた.処方薬=危険,サプリ=安心 というステレオタイプの発想があるのだろうか?サプリや健康食品,代替医療に対する人々の寛容さはいったいどうなっているのだろうと思うことは少なくない.特にアンチエイジングや,〇〇が下がる/良くなることを謳う商品については様々な媒体による宣伝効果も手伝って愛好者が多いようだ.私自身がサプリについては無頓著(相手にしない)であることから,紅麹商品がこれほど多く流通していることを初めて知った次第である.死亡事例も出ており,被害に遭われた方々は本当にお気の毒だが,紅麹サプリに起因する健康障害はサプリに関する情報リテラシーへの警鐘だと感じており,今回,私見を述べてみたい.

少し専門的な話になるが,多くの人が服用しているコレステロールを下げる"○○スタチン"と命名される薬は,国内では1989年三共製薬(当時)が発売したプラバスタチンが第1号である.抗生物質のペニシリンが青カビから発見されたように,カビが産生する物質が創薬の起源となった事例は多い.今日,コレステロール降下薬の定番となっている○○スタチン(化学名)の起源 となったコンパクチンも青カビから発見されたが,何とこれを発見したのは日本人の遠藤章博士である.遠藤博士の発見が世界の医療にもたらした功績は計り知れないものがあり,個人的にはノーベル賞クラスの偉業と思っているのだが,残念ながら世間ではあまり知られていない.同博士はコンパクチンに続いて紅麹菌からもモナコリンKという物質を発見するのだが,このモナコリンKは世界のスタチン市場でトップシェアを争うロバスタチン(日本での商品名"クレストール")の成分にほかならない.なんと紅麹サプリにはこのロバスタチン=れっきとした "クスリ"が含まれているわけで,そりゃ,効くでしょう というのが私の見解.

ところで,Supplementを英語の辞書で引くと,冒頭には"補足","補充"という記載がある.そう,(食品としての)サプリメントは様々な理由で特定の栄養素を食事から摂取できない場合,その栄養素を"補足"するために用いるのが本来の使い方である.しかし,最近ではこれから転じて,特定の"機能",すなわち◯◯が下がる/良くなる,を謳うものが出現し,これによって人々の迷走が始まった.迷走には厚労省も一役買っており,"特定保健用食品(トクホ)"や"機能性表示食品"などの制度を策定し,あたかも国がお墨付きを与えているとも解釈できる表示を承認している.問題となっている紅麹サプリは後者に該当するが,すでにマスコミでも報道されているように,機能性表示食品はトクホに比べると審査が簡易で,有害事象の報告や製造工程管理基準もメーカーの自主性に任されている.これが今回,全ての対応が後手に回った一因だろう.なお,この5月,国は(慌てて)有害事象報告や製造過程におけるGMP(適正製造規範)の義務化を通達した.

よく考えて欲しい.摂るものがサプリであれ,トクホであれ,機能性表示食品であれ,明らかな効果が出た(機能した)なら,それば何かの成分が作用したわけで,ほとんどの場合,その成分は"クスリ"という形に精製され上市している.つまり,サプリが効いたなら,それはクスリなのだ.クスリならば,一定の確率で副作用が出ることは万人の知るところであり,我々,病院で処方する側はこの副作用や薬同士の相互作用に細心の注意を払い,患者さんへの注意喚起を習慣としている.にもかかわらず,同じ成分を含んだサプリがかなり無防備に近い形で入手できる仕組み,ならびに,このリスクが消費者レベルに周知されていない状況は由々しき事態であり,今回の紅麹サプリ問題によって惹起された最も本質的問題なのだと私は考える(品質管理や有害事象報告の義務化が本質ではないということ).もちろん,セルフメディケーションを否定するわけではないが,その対象となるものは,大正製薬が発売した内臓脂肪減少薬「アライ」のように薬局では買えるものの要指導薬品として扱い,定期的に薬剤師のチェックを受けることを条件に販売されるべきだろう.効くサプリメントは売れる.でも,効いたらクスリじゃないの?副作用もあるでしょう.しかし,サプリは食品...私の中でこのマトリックスはどうにも整理できない.

石田 浩之 健康マネジメント研究科委員長/教授 教員プロフィール