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2024.10.08

未来のSFC生へ|政策・メディア研究科委員長 高汐 一紀

昨年秋に研究科委員長を拝命して1年が経った。はやい。

去る920日、三田キャンパスにて9月大学院学位授与式が開催され、政策・メディア研究科は、新たに修士39名、博士8名を世に送り出した。学部卒業式と合同での式典のあと、出席者全員に向けた挨拶とは別に、修了生ひとりひとりにひと言ずつ声をかけて学位記を手渡す。自分のコトのように嬉しく、何とも照れくさい。このセレモニは、代々の政策・メディア研究科委員長によって受け継がれてきたものだ。

秋の学位授与式は留学生も多く、式典会場となった西校舎ホールには、様々な言語が飛び交っていた。壇上に上がる修了生は思い思いに着飾り、リラックスしている。春とはまた違った雰囲気だ。皆、名残惜しいのだろう。式典が終わってもなかなか会場を離れない。保護者の方々も挨拶に来てくれた。カナダのバンクーバから駆けつけてくれた親御さんと話が弾む。この夏に長男をカナダに放牧に出したこともあって、ついつい話し込んでしまった。そんな時間も心地よい。あらためて、このたび学位を取得された皆さん、本当におめでとう!!

この夏は未来のSFC生たる高校生との「かかわり」も例年になく増えた。

恒例となった未来構想キャンプin鳥取をはじめ、大阪シティキャンパスで開催された学部説明会等、様々な場で多くの高校生と話をする機会を持てた。こちらからキャンパスの特徴を紹介するだけでなく、高校生自身にキャンパスでの生活を思い描いて(妄想して)もらうことが大事だ。もちろん、しれっと大学院のPRを挟むことも忘れてはいない (^^)v

このようなイベントでは、各地から集まった高校生たちに何を伝えるべきかいつも悩むのだが、今年は思い切って、私の領域からひとつの質問を投げかけてみることにした。

最新のテクノロジをSFCで学び・研究する意義は何だと思う?

ご存じの通り、私が専門とする領域は工学寄りだ。出身も矢上キャンパス。暗に理系のキャンパスではなく、という意味を込めてはいた。「意義」ではなく「意味」かもしれない。ワークショップの合間に砂丘で夕陽を眺めながら、食堂でごはんを食べながら、ときには模擬授業という形で、あくまでも私見と断りつつ、3つの視点からその意義・意味を話した。その3つとは、「エンジニアリングとサイエンス」、「テクノロジと倫理・法・安全保障」、「実学と社会実装」だ。

エンジニアリングとサイエンス。新たなテクノロジや仕掛けを生み出す上で、「対象(ヒト・モノ・コト)を理解すること」が何よりも重要だ。この論点に関しては、「塾」のコラムに拙文を寄稿したことがある(工学的センスと科学的センス)。学部12年生向けの科目「モノ創りの科学」を紹介したものだ。この講義では、毎年必ず授業の冒頭で受講生に投げる質問がある。

レオナルド・ダ・ヴィンチはエンジニアだったのか、サイエンティストだったのか?

ヘリコプタの原型とも言われているエアリアル・スクリューがその典型だが、ダ・ヴィンチが残したスケッチにはハードウェアとしての矛盾が多い。エアリアル・スクリューも飛ぶことはない。何故か?

ダ・ヴィンチっぽく言えば、サイエンスとは神が創ったモノやコトを知る学問で、エンジニアリングとは新しいモノ(人工物)を創造する学問だ。エンジニアリングの方法論には、極めて創造的な作業「設計(デザイン)」が存在する。ダ・ヴィンチは自然科学の裏付けの下で人工物の設計を行い、ときには芸術に昇華させた。ダ・ヴィンチの時代といまを比較するのはナンセンスかもしれないが、彼はエンジニアでありサイエンティストでもあったのだろう。しかし残念なことに、ご本人、プロトタイピングにはとんと興味がなかったようだ。実装が困難なスケッチが多く残っている理由はそこにある。実に惜しい。

私の専門は、ソーシャルロボティクスだ。対象はヒト。新しいテクノロジを議論する前に、様々な側面からヒト同士のかかわりを観察する。それらの分析結果を、新しいテクノロジや仕掛けに落とし込む。分析に行き詰まることも多い。そんなとき、同じキャンパス、隣の部屋、すぐ近くの建物に、心理・身体・脳を専門とする教員、コミュニケーションを専門とする教員、ウェルビーイングを専門とする教員がいるのはとても心強い。すぐに相談に行ける。SFCは、少なくとも私にとっては、理想的な研究環境だ。

テクノロジと倫理・法・安全保障。こう書くと堅苦しく聞こえるかもしれない。要は「世の中を知ること」だ。自分たちが研究・開発したテクノロジが世の中にどのような影響を与えるかを、エンジニアリングを生業とする者は常に意識する必要がある。この夏、高校生たちには「ロボット工学3原則」を例に説明した。「第1条:ロボットは人間に危害を与えてはならない...」から始まり「第3条:...、自己をまもらなければならない」で終わる、映画i, ROBOTの主題ともなったアシモフ博士が提唱した原則だ。幼稚園のころ、とある大学の先生からもらったロボットの絵本にも書いてあった。

現実はどうだろう。戦場の空には自律型の無人機が飛び、地上では四足歩行偵察ロボットが群れを作って行動している。ロボット工学3原則はもはやレガシなものとなってしまった。新しいテクノロジの出現に併せて、世の中もまた変化する。その流れを追うのは大変だが、SFCにいれば、文字通りこういった分野の第一人者が同僚としてすぐ傍にいる。こんなキャンパス、他にはない。

実学と社会実装。言うまでもなくSFCの是だ。「世を動かすこと」と言ってもいい。ラボの学生にも「キャンパスに籠もらず、フィールドに出ろ!」と常に発破をかけている。私たちにとっては、いまは鳥取県の各地域が社会実装のフィールドだ。たまたま長年一緒に仕事や授業をしている瀧田先生が鳥取出身で、県をはじめ各市町村の自治体と繋がることができたからだが、これもSFCでの縁。

2021年と2022年には、境夢みなとターミナルでのローカル5G有用性実証プロジェクトに相乗りさせてもらう形で、「XRテクノロジとロボティクスによる異空間接続型エクスペリエンス」をクラシックコンサートという形で実現させてもらった。以降、大山町・南部町(2022年)、日南町(2023年)、鳥取市(2024年)でフィールド調査を実施、Augmented Townプロジェクトとして、最新のテクノロジを武器に、それぞれの地域に根ざした「観光と産業支援サービス」、「地域ヘルスケアサービス」、「市街地の活性化サービス」を提案、実装に取り組んでいる。鳥取での未来構想キャンプは、大学での研究活動とこういった社会実装のプロセスを見せ、体験してもらう場でもある。

サイエンスの視点から対象であるヒト・モノ・コトを正しく理解し、学際的な議論を通して世の中への影響を把握し、社会実装を進めることで世を動かす。これが極めて学際的なキャンパスであるSFCが得意とする、エンジニアリングという領域での共創的な学び・研究のスタイルだ。

学位授与式の翌週、924日、9月入学式が学部・大学院合同で開催され、政策・メディア研究科も、修士課程49名、後期博士課程21名の新たな仲間を迎えた。既に新学期も始まり、キャンパスに学生も戻ってきた。

新入生の皆さん、ようこそSFCへ。教職員、在学生一同、心から歓迎します。

P.S. この1年で歌詞を見ないで塾歌を歌えるようになりました。

高汐 一紀 大学院政策・メディア研究科委員長/環境情報学部教授 教員プロフィール