9月の敬老の日,100歳以上の高齢者が9万5119人になったことが厚労省から発表された.54年間連続して過去最多を更新し,その9割が女性という.100歳以上が初めて1万人を超えたのは1998年なので,約四半世紀の間に9倍以上に増えたことになる.本学では新井康通教授(看護医療学部・健康マネジメント研究科)が百寿者研究の世界的権威であるが,今後,この領域は様々な側面で益々重要な領域になるだろう.背景にはわが国の人口構成がある.人口ピラミッドを見れば明らかなように,日本の年齢別人口構成は団塊世代,団塊ジュニア世代の2つのピークが存在する.この2つのピークがところてん式に100歳に向かうので,百寿者の数がこれからさらに増加することは自明である.よく考えてみると,わが国の社会インフラはこの2つにピーク,すなわち団塊+団塊ジュニア世代がどのようなライフステージあるかによって,右往左往してきた.子供が増えれば小学校が造られ,住む場所が足りなくなれば大型団地やニュータウンが建設された.そして,現在は介護施設需要が高まり,今後は火葬場が予約困難になるだろう.これはあたかもイナゴの大群の襲来のようで,そして,大群が去ったと残されたものは,食べ荒らされた農作物ではなく,使われなくなった小学校や団地,空き家,50年後は介護施設になると思われる.
戦後間もないころのわが国の平均寿命は女性50歳,男性47歳であった(明治生命発表データによる).過去の大戦の影響もあった想像するが,当時の人々にとって,人生100年時代なんて夢のような話であったに違いない.しかし,その夢が叶った今日,そこは桃源郷ではなかった.永く生きた代償として,膝痛,腰痛,認知症,要介護などを抱えて生活する高齢者は少なくない(平均寿命がこれほど伸びる以前は,これら老年症候群が発症する前に他の病気で亡くなっていたと想像する).老化に抗う研究はまだ黎明期の段階であり,例えば,白髪,白内障,難聴など,加齢に伴う疾患(現象)のほか,整形外科領域で言えば,変形性膝関節症や脊柱管狭窄症などは,患者さんに対して"加齢現象"→"受け入れてください"と説明するしかないのが現状である.新薬の開発や再生医療の応用も期待されているが早々の実用化は難しいことから,小生の同僚でもある橋本健史教授(スポーツ医学研究センター・健康マネジメント研究科)によれば,最近では発想を転換し"いかに長持ちさせるか"という研究が注目されているという.
変形性膝関節症など整形外科領域の変形性疾患は,長年にわたって重力に耐え体重を支えたり,関節の酷使で生じる力学的ストレスによって関節軟骨が損傷する(=軟骨がすり減る)ことが誘因となるものが多い.関節のクッションの役割をする軟骨は水分,コラーゲン,プロテオグリカンが主成分だが,後2者は軟骨にわずか2%程度存在する軟骨細胞によって産生される.残念ながら関節軟骨には血流がないので,軟骨細胞が損傷されると修復機構は働かず,よって軟骨を長持ちさせるためには損傷を最小限に抑え大切に温存するしかない.では,動かさないのがいいかというとそれもダメで,軟骨を維持するには一定の刺激が必要であり,最近の研究によって軟骨細胞の活性化に"最適"な刺激は10−15%の歪み力と1Hz(ヘルツ)間隔の刺激であることが判明した.歪み力とは圧縮率のようなもので,例えば10の厚みのものが9に圧縮されれば,その時の歪み力は10%となる.1Hz は1秒あたり1回の刺激が加わることを意味する.
さて,膝関節を例にとってみると,この歪み力10−15%,刺激間隔1Hzの運動に該当するのは速歩動作であるという.もちろん,体重の多寡にもよるが,体重70kgの男性の歩行を想定した膝にかかる歪み力は計算上最適値となり,また,1歩行周期はちょうど1Hzになる(約1秒で2歩進むということ.つまり,1分間で120歩進むような歩き方をすれば,それぞれの足に1秒に1回刺激が加わる).ヒトにとって最も基本的な"歩行動作"が軟骨にとって最適な刺激であるという結果を知り,あらためて人体設計の合理性を感じた.一方,これを超えるような機械的刺激は軟骨を痛める危険があり,例えば,階段昇降は膝にとって有害な動作となる(平地歩行に比べ,上り1.7倍,下り4.4倍の重力加速度がかかる).なので,橋本先生はエレベーターやエスカレーターの積極的利用を私に勧めてくれる.小生は下肢筋力増強のために階段昇降を推奨して来た立場であるが,軟骨保護の観点では階段を避けることが望ましいようだ.この対立する知見の着地点は難しいが,少なくとも男性に比べ膝周囲の筋力が弱い(=膝の不安定性が出易い)女性は,軟骨を長持ちさせるために膝痛がなくても階段昇降は極力避けた方が良いかもしれない(たぶん,軟骨サプリよりは効果がある=私見).実際,変形性膝関節症の発症率の男女比は1:4で女性に多い.本来,ハンデのある高齢者が利用することを想定して設置された駅ホームのエレベーターを,若い娘たちが平然と使う姿を見て憤慨することも多かったが,人生100年時代,賢いのは彼女たちのほうかもしれないと感じるようになった.