2025年4月1日、湘南藤沢キャンパス(SFC)は、新たな学部生と大学院生をキャンパスに迎えました。新入生の皆さん、SFCにようこそ。
そして2025年は、総合政策学部と環境情報学部が創設されてから35年を迎えます。私たちは、35年という時間を経て再び、国際秩序の転換を経験しているといってよいでしょう。学部が創設した1990年は、東西冷戦という構造が崩壊し、国際秩序の流動を強く実感する不確実性の時代のはじまりでした。いま、その先にある不確実性の時代が幕を開けようとしています。
「民主化の第三の波」という考え方があります。いまから35年前の国際社会が共有した国際秩序観でした。私も当時、この言葉に強く突き動かされた学生の一人でした。サミュエル・ハンチントンが『第三の波』のなかで、この言葉を提起しましたⅰ。同書は1970年代に南欧ではじまり、その後、1990年代にいたるまでに、ラテンアメリカ、東アジア、東欧にひろがった民主化のグローバルな展開を「民主化の波」といい、これを20世紀後半の重要な政治的潮流と捉えました。同様に、1989年にフランシス・フクヤマが提起した「歴史の終わり?(The End of History?)」という問いは、人々の時代認識を先導しましたⅱ。後にフクヤマは『歴史の起源』において、1970年代以降、ハンチントンのいう「民主化の第三の波」にのって、世界各地で民主主義国家の数が飛躍的に増大していたことをとらえて、「21世紀初頭には、自由な民主主義こそが政体の既定値としての形態であることが、政治風土のなかで当然のことと受け止められる様になった」と論じていましたⅲ。
35年の時間を経て、いま、国際秩序の行方にかんする展望が、一転しています。「民主主義の台頭と権威主義の後退」という楽観から、「権威主義の台頭と民主主義の後退」という警戒へと変化したといってよいでしょう。そもそも国際秩序を権威主義vs.民主主義の単純な二項対立で論じることへの問題提起もあります。
「歴史の終わり」、「民主化の第三の波」が、1990年代以来の不確実性の時代という未来を切り拓くための時代認識だったとすれば、現在のそれは何でしょうか。SFCの教員をつかまえ、問いかけてください。そして、未来を切り拓くための時代認識を探してみてください。そこから私たちが追究する「政策」が導出されるのです。
SFCは、自らの手で未来を切り拓くに足る力を磨くための場として1990年に創られました。そうしたなかで総合政策学部は、未来を切り拓くための「政策」を考えようという学部として教育研究に取り組んでいます。総合政策学の「政策」が、いわゆる公共政策の政策よりも幅広い概念として捉えられていることは、このおかしら日記でも繰り返し示してきました(たとえば、「『総合政策学をひらく』の書影」2022年12月19日『おかしら日記』、「『総合政策学をひらく』の向こう側」2023年7月5日『おかしら日記』)。そして読者の皆さんは、いまSFCが総合政策学を五つの学問領域によって形作られている学問であると整理していることもブックシリーズ「総合政策学をひらく」をつうじて理解していると思います。
総合政策学部で何が学べるか。総合政策学を如何なる学問領域が横断していると定義するのか。これは学部にとっての重要な問いです。時代を継いでその重要性が変わらない学問領域は何か、時代の変化とともに柔軟に転換してゆく領域は何かを見抜きながら、ともに未来を切り拓く「政策」を学生とともに考える情熱をもった教員を迎えてきました(「正解のない問い」2025年1月31日『おかしら日記』)。
総合政策学の数ある重点の一つに、国際戦略の研究(地域研究ⅳ と国際政治研究)があります。グローバル化の進展、新興国の台頭、情報通信技術の革新は、世界政治の新たな仕組みとルールの形成を必要としています。いますすむ国家間競争は、国際規範とルールづくりの競争といってよいでしょう。また、リージョナルにおいては地域の実情に即して国、地方、コミュニティでのあるべき統治が模索されています。政治体制を権威主義vs. 民主主義の対立軸だけで捉えては、世界政治にたいする解像度は低いままです。こうした複雑な世界を、諸学問領域の統合かつ実践的な把握と活用を通じて考察し、提示し、実践を試みることが、SFCにおける国際戦略研究の特徴といえます。
政策課題は、必ずしも、特定の学問領域に立ち現れるわけではありません。問題を解くための有効な政策的判断を導くためには、複数の学問領域からの視点が必要です。一般に、政策の企画と立案、その実装は、人類の知的活動の全てを結集したアートであり、既存のディシプリン・オリエンテッドな教育システム上の区別を超えて、様々な知識を学際的に統合してなされています。
その典型的な例が、戦争と平和をめぐる問題、日本の安全保障にかかる問題です。これらの領域における政策実務は、地域研究や国際政治研究といった学問的知識のみで担うことはできません。政策の立案と実施を担ってきた国家機関の専門知識や実績経験、組織文化、組織内外の様々なステークホルダとの協力や調整によって支えられています。
戦争と平和をめぐる問題は典型的な領域横断的な学問と言ってよいでしょう。SFCにおいて国際戦略研究が総合政策学の一翼を担う学問だと位置付けられている理由はここにあります。総合政策学部と環境情報学部が官庁交流人事を実施してきた意図はここにあります(「官庁交流人事」2024年5月27日『おかしら日記』)。学術研究と、その先にある政策研究を奉じるSFCにおいて、官庁交流人事はその核心にあります。
不確実性の時代という未来を切り拓くための政策を考える。このSFCの教育研究において、国際戦略研究を深化してゆく意義は、今後、一層に高まってゆきますⅴ。
ⅰHuntington, Samuel P.(1991) The Third Wave: Democratization in the Late Twentieth Century, Norman: University of Oklahoma Press(=1995,坪郷實・中道寿一・藪野祐三訳『第三の波──20世紀後半の民主化』三嶺書房 および =2023, 川中豪『第三の波 20世紀後半の民主化』白水社)。
ⅱFukuyama, Francis(1989)"The End of History" The National Interest, No.16, 3-18.
ⅲFukuyama, Francis(2011) The Origins of Political Order: From Prehuman Times to the French Revolution, London: Profile Books (=2013,会田弘継訳『政治の起源──人類以前からフランス革命まで 上下』講談社)。
ⅳSFCの地域研究の現在を示す論集として2025年3月に、「地域研究リテラシー:SFCにおける現在と展望」『SFC JOURNAL』Vol.24 No.2 が刊行されました。
ⅴ2025年4月1日に、「宇宙政策」、「宇宙安全保障」を担当する福島康仁総合政策学部准教授、「国家と防衛」、「外交と戦略」を担当する北川敬三総合政策学部教授(有期)、「日本の防衛政策」を担当する島田和久総合政策学部特別招聘教授(有期)が着任し、総合政策学における国際戦略研究は一層に拡充します。